[372] 「空飛ぶ器械」(『太陽の黄金の林檎』所収) 投稿者:haro 投稿日:2005/11/12(Sat) 08:13:28

P74 上l1(銀背HSFSの頁・行で表示)

西暦四〇〇年のこと、元の国の皇帝は…
In the year A.D. 400, the Emperor Yuan …

⇒西暦四〇〇年のこと、ユアン皇帝は…

モンゴル王朝の「元」なら1271年から1368年なので矛盾。
400年の中国(華中)は、胡族等の侵入で分裂期、「万里の長城に守られ」て「安寧そのものであった」国はなかったのではないかと思いますが。華南に東晋という国があり元帝(!)がいますが、揚子江の南にあり都の建康(今の南京)で長城とは無縁。
この作品は単行本掲載後、まだ財政的に苦しかったPlayboy誌54年8月号に売られていますが、挿絵の空飛ぶ男は辮髪(!)だし、原作も挿絵も時代考証はお寒い限り。


[349] 十月は疑問の国:つぎはつぎの番の番 投稿者:理系の男 投稿日:2005/11/06(Sun) 22:57:38

これはなかなか怖い話で、訳もその雰囲気を良く伝えており、鑑賞にかかわるような致命的ミスはないように思われます。ただ、RBの中でもメタファー量が非常に多い作品なので、主観をできるだけ排除しようとしても、指摘したくなる箇所は多いです。自信のないところ、および、指摘漏れも多いので、諸氏のフォロー希望。

****************

1) IT WAS a little caricature of a town square.
広場は町の小さなカリカチュアだった(訳文36ページ)

(コメント)いきなり冒頭の文です。この訳文だと、目の前の広場に「この町」の要素が小規模な形で凝縮されていることを示します。しかし、原文では、Itが a town squareの小さなカリカチュアだ、といっています。a townと不定形ですが、これはジョセフの視点なので、アメリカの都市の広場と比べていて、要素それぞれはセコいが、目前のメキシコの広場にも一応揃っている、と言う意味ではないでしょうか。
→それは、都市の広場の小さなカリカチュアだった。

2) "I'll go along. But I wish we could forget the whole thing. It's such a lovely little town."
わたしもごいっしょするわ。それで、なにもかも忘れることができればと思うわ。かわいらしい小さな町ね。(訳文37ページ)

(コメント)後に次々と明らかになる冷え切った夫婦関係を予見させる発言ですが、勇み足か。主語weなので、この発言は二人に忘れたい嫌なことがあって忘却の旅に来ていることになりますが、後の展開からいかにも変。forgetというのは、「やめよう」というニュアンスで使われることがあり、この場合はそれでしょう。ミイラを見に行くという夫に対し、一緒に行きはするが、ミイラを見るのじゃなければもっといいのに、ということですね。
→「私も一緒に行くわ。でも、そんなこと全部なしにしたほうがよっぽどいいんだけれど。ここは、素敵な可愛らしい町ですもの」

3) He hurried to the balcony, stood there, his cigarette smoking and forgotten in his fingers.
(彼はさけぶなり、)バルコニーへとんでいった。タバコが指を焼くのも忘れて。(訳文37ページ)

(コメント)いくら興味深いものが窓から見えたといっても、やけどをするほどではないはず。どこに「指を焼く」との表現があるのでしょうか?
→バルコニーのところまで駆けつけてそこに立ち、持ったタバコは指の間で忘れられたまま煙を上げた。


4) ・・・ little children at their elbows, men ahead of them.
またそのうしろには、手をつないだ子供たち。あいだに男たちがまじって、(訳文38ページ)

(コメント)これ、良く分かりませんが、情景としては次のように思えるのです。
→腕を組んだ子供たちが続き、男たちが先導していた。

5) Her eyes were blind as the brown paps of her breasts.
目は、胸のピンクの乳首とおなじで、なにも見ていない。(訳文40ページ)

(コメント)ははぁ。宇野氏の気持ちは十分わかりますが(笑)、ちょっと色が違う。
ピンク→茶色

6) She knew that if he snapped his fingers or coughed, she wouldn't even look up
彼が指を鳴らそうが、咳をしようが、顔もあげなかった。(訳文40ページ)

(コメント)これは、英文和訳の基本のはず。この訳では、ジョセフが実際に指を鳴らし、咳をしたことになってしまいますが、仮定の話ですよね。She knewのところ、訳しにくいので、次のようにしてみました。
→彼が指を鳴らしたり、咳払いをしたとしても、視線を上げることすらするつもりはなかった。

7) There was no warmth to bake away the aging moisture that collected and made pendant now her breasts and body. When the heat is gone, it is marvelous and unsettling to see how quickly a vessel stores self-destroying water in its cells.
彼女の胸を焦がし、そのからだにたまった古い水分を蒸発させる熱はもどってこないのだ。いったん熱がさめたとなると、船はその船艙に、みずから沈没させる水をたくわえだす。そのスピードの急速なこと、だれもがおどろき、だれもが不安を感じるだけのものがある。(訳文40ページ)

(コメント)ここ、実は全くお手上げです。前半部分、宇野氏は省略してますが、どうにか
→歳とともにつもりつもった湿気はそれを乾かす熱もないまま彼女の胸や体にペンダントのようにまとわりついている。
という感じですか。しかし次の文は、私の日常使っている語彙では、vessel=血管、cell=細胞以外考えられないので、
試訳:一旦熱が消えうせると、血管を構成する細胞に水が流入して自己崩壊するのはあまりに速い。それは激しくも心を乱す情景である。
となって、個人的には違和感がありません。ところが、宇野訳でも意味は完全に通じます。宇野訳ではメアリーの肉体の描写からいきなり船の比喩になって違和感があるのですが、RBのメタファーでは良くあること。さて・・・

8) The graveyard was enclosed by a thick adobe wall, and at its four corners small stone angels tilted out on stony wings, their grimy heads capped with bird droppings, their hands gifted with amulets of the same substance, their faces unquestionably freckled.
墓地は日干し煉瓦の厚い塀にかこまれていた。四方の隅には、石造りの小さな天使像が、石の翼をひろげ、首をかしげている。その頭に、鳥の糞がつもり、手は、同じように汚れた護符をにぎり、顔ももちろん、その斑点で色が変わっていた。(訳文43ページ)

(コメント)at its four corners small stone angels tilted out on stony wingsなのだから、直訳すれば「その4つのコーナーのstony wingsの上に小さな石の天使像がtilted outしていた」ということになります。天使にも羽があるので紛らわしいですが、建物の四隅から張り出した部分を建築用語で翼wingというので、その上に天使像が載っているのですね。tiltedがあるので、首をかしげている、としたのでしょうが、これは無理。tilted outだから天使像が斜めに突き出しているのでしょう。その後も意訳が強すぎる感があります。their hands gifted the amulets with the same substanceならばこの訳でいいのでしょうが、原文では、手にも同じもの(糞)をくらっていて、それをお守りamuletsという風に皮肉っているように思われます。
→墓地は乾燥煉瓦の塀で囲まれており、四隅に張り出している石の翼部分から小さな石の天使像が斜めに突き出していた。その頭は汚れていて、鳥の糞だらけ、その両手も、同じお守りの恩恵をこうむっていて、もちろん顔もそばかすだらけになっていた

9) There were statues frozen in angelic postures over gravel mounds, and intricately carved stones tall as men with angels spilling all down their rims, and tombs as big and ridiculous as beds put out to dry in the sun after some nocturnal accident.
小石まじりの丸塚の上には、天使の格好をした人形がのせてある。人間ほどの高さで、周囲にごたごたと天使の姿を彫りだした墓石もあれば、夜のいとなみのあとで、陽の光に乾かしてあるベッドのように、大きくて奇妙な形の墓もある。(43-44ページ)

(コメント)特に後半部に異論があります。nocturnal accidentを「夜のいとなみ」ねぇ・・・ベッドを干す必要が出る「いとなみ」とは、私には想像もつきませんが(爆)、accidentの語感と、spilling all down their rimsの語感から、「おねしょ」ではないかと思うのですが。全体的にこの作品でジョセフ(RB)の視点は、メキシコの墓地の神聖さを破壊して、グロテスクな面に持って行こうという風に見えます。前の描写では糞だらけの天使像でした。今回は、裾に垂れたような染みをつけた天使像(この部分を宇野氏は訳していません)の隣に大きな墓石があるので、それが、おねしょをした後始末でベッドを干しているように、あほらしくridiculous見えてしまう、という感じだと思うのです。
→砂利の小山の上にはいくつも像があって、天使のポーズをとっており、その精密に彫られた石は人間の背丈ほどもあったが、天使の裾から垂れた染みがあるので、傍の大きな墓石は、まるで、おねしょをしてしまい外の天日で乾かそうとしているベッドのように見えて、有難みが失せている。

10) …they looked into an even longer, dimly lighted hall in which stood the people.
...まえよりも、もっと奥ふかい、うすぼんやりと、かすかな光の射している場所がながめられた。(訳文47ページ)

(コメント)peopleを訳していません。人、という訳語を使うと、生きている人物が連想され、死体やミイラと言ってしまうと訳しすぎになるので、次の文(省略)と呼応させた確信犯でしょうか。でも、そうすると翻案になってしまうのでは。
→二人が覗き込むと、そこはもっと長い薄明かりのついた回廊で、人々が立ち尽くしていた。

11) "Mister Interlocutor!" said Joseph, briskly.
「やあ!」ジョゼフが思わず、声をあげた。(訳文47ページ)

(コメント)ここ、訳が放棄されてます。第一印象は何か有名な人物や像があるのか、ということでした。たとえば、頬杖をついているポーズを見て、「ロダンの考える人」といったりするような場合ですが、調べ切れませんでした。どなたかお助けを。ただし、あとで、Mr. Grimace and Mr. Gape(しかめっ面さんとあくびさん)というのが出てくるので、直訳でいいのかもしれません。
→(暫定訳)「『対話する人』ってとこだな!」とジョセフは明るい声で叫んだ。

12) the muscles,
前肉(訳文47ページ)

筋肉の誤植(笑

13) They were parchment-colored and the skin was stretched as if to dry, from bone to bone.
羊皮紙に似た色の皮膚は、乾かすためにか、骨から骨へとはりつめている。(訳文47ページ)

(コメント)「乾かすためにか、」とすると、人工的に誰かが手を加えたことになってしまいます。as ifが適切に訳されてません。
→それらは羊皮紙の色で、皮膚は骨と骨の間で乾燥する目的でもあるかのように張った状態になっていた。

14) there is a new wife or there is a roof in need of mending, and the dead, remember, can be in no beds with a man, and the dead, you understand, can keep no rain off one,
また新しく女房をもらう必要もあろうし、屋根の修繕もしなければならない。あたりまえのことですが、死んだ人間をひとつベッドにねかせるわけにもいかないし、屋根の代わりをしてくれるものでもない。(訳文48ページ)

(コメント)微妙にニュアンスがずれてます。特に、「死んだ人間をひとつベッドにねかせるわけにもいかない」というのは、論旨が通りません。前半と後半で生きている人と死人を対比させていて、生きている人は、女房ももらえば屋根も要る。死人はベッドを共にすること(結婚生活)も必要ないし、雨露をしのぐ屋根も要らない、といっているのですね。
→新しく嫁をもらうこともありましょうし、直さなくちゃならない屋根もありましょう、それが死人といえば、ベッドを共にすることも要りませんし、死人は、お分かりでしょう、雨露をしのぐ屋根も必要もないときている。

15) And, let me tell you, senor, when we bury a man the whole six feet deep we are very certain of his staying.
ついでだからいっときますが、死骸を埋める深さ、―安定させておくには、6フィートが必要なんです。(訳文49ページ)

(コメント)前後の訳文を読んで、この原文を読めば、誤訳は明らかで、説明不要でしょう。
→それで、申し上げときますが、旦那様、私らが一番深い6フィートに埋めるってことは、そのままで行けるっていう、確信が持てるときです。

16) If they don't pay, you threaten to stand mama-cita or little nino in the catacomb.
それを払わなくなると、この地下に、ミイラ同様に立たせておくぞと、脅迫するわけだな」

(コメント)さすがの宇野氏も、スペイン語のスラングまではカバーできなかったとみえます。当時としては不可抗力でしょう。いまならググれば、ママチータやニーノの意味を探すことができます。
→払えなくなったらおかあちゃんやあかちゃんを地下墓地に立たせるぞ、と脅せばいいんだ。(ここ、おかあちゃん、あかちゃんにそれぞれルビをふりたい)


[349へのレス] つづき 投稿者:理系の男 投稿日:2005/11/06(Sun) 22:58:51

17) They say dogs hear sounds humans never hear, sounds so many decibels higher than normal hearing that they seem nonexistent.
犬は人間に聞き取れぬ音を感じるという。通常の聴覚範囲を越えたかん高さのために、人間の耳では受けつけることもできぬ音を聞き取れるのだ。

(コメント)これは、原文がまずくて、翻訳がフォローしている例。人間には聞こえない高い周波数領域のことを言うのに、デシベルという、音の『強さ』を表す単位を持ってきてしまっています(誰か指摘してやらなかったのか?教科書には収録できないぞ)。まぁ、零下千度よりましですがね(笑)。こういう場合、間違いと分かっていても、訳すのが本筋ではないでしょうか。
→人には決して聞こえないが犬には聞こえる音があるという。デシベル数が高すぎて、通常の可聴領域では存在しないと感じられる音が。

18) "Say 'ah,' " he-said.
「なにかいいそうだな」(訳文51ページ)

(コメント)これは直訳してほしかった。ミイラに対するジョセフの不謹慎さがぜんぜん違います。
→ 「ああ、って言ってみな」と彼は言った。

19) All of this, as you see her here, we would never have known, if a year later her sisters, having other things to buy, had not refused the rent on her burial.
どっちにしてもおなじことで、持ちこまれたからには、あたしらの立場上、埋めてやらないわけにはいかないんでさ。一年たつと、案の定、女の姉妹たちはほかの買い物のために埋葬料の支払いをしぶったわけですが、葬式のときには、そこまでの見当はつきませんやね。(訳文52ページ)

(コメント)宇野氏の名人芸で、訳文には全く違和感がありませんが、原文をみると、訳というより作文です。これでは前段の、支払い予測で埋める深さを変える話になってしまいます。もちろん、支払いが滞って掘り返すことがなければ、生き埋めになったことは分からなかった、といっているのですね。
→本来は、ここでご覧になっているようなありさまは、私らに分かるはずなかったんですがね、一年後、彼女の女きょうだいたちが、何かほかのものが買いたくなって、埋葬用の賃料を払い渋ったんですな。

20) "Mr. Grimace and Mr. Gape," said Joseph.
「このふたり、相談中といったところだな」(訳文53ページ)

(コメント)これはちょっといただけません。訳文90ページで、この2体のミイラが再登場するのですから。そこではちゃんと訳しているので(ミスター≪しかめっつら≫やミスター≪口あんぐり≫)気付くはず。確信犯であるとしたらなんとも不可解な訳です。私の語感では次のようにしたい。
→「よぉ、顰めっ面さんとあくびさん」とジョセフは言った。

21) Hairs, waxed and prickled by sunlight, each sharp as quills embedded on the lips, the cheeks, the eyelids, the brows. Little beards on chins and bosoms and loins. Flesh like drumheads and manuscripts and crisp bread dough. The women, huge ill-shaped tallow things, death-melted.
毛は陽にさらされて、色をかえ、鵞ペンのようにするどくなり、唇、頬、まぶた、眉の上に刺さっている。あごと胸と腰に、わずかの毛がのび、肉は太鼓の皮、あるいはひからびたパンを連想させる。女のからだは、無格好に大きな脂のかたまり。(訳文54ページ)

(コメント)冒頭、この訳だとミイラがひなたにさらしものになっていて、色あせてしまったように取れますが、地下墓地でそれは変です。Waxには、光が(特に月)満ちるという意味があるので、「差し込んできたわずかな外光の加減で、はっきり浮き上がった」状態を描写していると思います。また、その後、manuscriptやdeath meltedが訳されてません。また、どうでもいいかもしれませんが、訳文はこのページ3行目〜最終行まで、6回改行されています。しかし原文はこの間、一度も改行なしに怒涛のように文章が流れています。その訳は難しいですが、少なくとも、改行は止めてほしかった。
→日光の加減で生えている毛が浮き上がって刺々しく見える。一本一本が羽ペンのように鋭く、唇、頬、瞼、眉に埋め込まれている。か細い毛が生えているのは、顎、胸、そして腰。肉は太鼓の皮か、原稿用紙か、カリカリに焼いたパン生地か。女は、巨大な作り損ないの蝋人形で、死後融解している。

22) "They look poisonous."
"Just because they're skull-shaped?"
"No. The sugar itself looks raw, how do you know what kind of people made them,
「毒々しいわ」
「どくろの形をしているからか?」
「いいえ、お砂糖がよ。どんな男がつくるかご存じないの?(訳文58ページ)

(コメント)「毒々しい」というのは、必ずしも具体的な有害性を形容せず、見た目の問題ですから、ちょっと違和感が。また、The sugar itself looks rawをちゃんと訳してません。
→「毒でも入ってるみたい」
「髑髏の形をしているだけのことだろ?」
「そうじゃないわ。砂糖はなまみたいだし、どんな人が作ったのか分かったものじゃないわ。

23) "Alas, poor Yorick," he said, peeking into the bag.
「いいのかい?」袋のなかをのぞき込みながら、彼はいった。(訳文58ページ)

(コメント)これ、全く訳されてません。日本にはシェークスピアを引用する文化がないので仕方がないのですが、翻訳のプロなら、避けて通ってはいけない。「ハムレット」に出てくる台詞で、ヨーリックは道化師で、死んで埋められてから骨になって掘り返されるのですね。
→「あぁ、可哀想なヨーリック(ハムレットの科白)」と彼はバッグの中を覗き込みながら言った。

24) … in a beer place a shouting phonograph cried AY, MARIMBA.
ビアホールでは、蓄音機がやかましくさけびたてる―太鼓(マリンバ)だ!(訳文60ページ)

(コメント)当時の宇野氏に、メキシカンミュージックの知識を要求するのは酷ですが、アイ・マリンバは曲名ですね。あとで出てくる(78ページ)、シェリト・リンド(こちらは超有名曲ですが)はちゃんと処理しているのですが。ちなみに、マリンバを太鼓とするのはきつい。ご承知の通り、木琴ですね。

25) A large plate of enchiladas was set down.
Marie looked at the plate.
There were sixteen enchiladas.
大きな皿に盛ったとうがらし饅頭が運ばれた。マリーは皿を見つめた。十六個の饅頭がのっている。(訳文60ページ)

(コメント)私の世代だと、古い翻訳で「ミートパイ」は肉饅頭になっていました(笑。宇野氏の時代にエンチラーダを訳せというのは無理にしても(今でも、タコスやブリトーならともかく、エンチラーダを知っている人はかなりのメキシコ料理好きとみた)、饅頭はいただけない。あとで、トウモロコシのトルティーヤで細く巻いた、という記述が出てきて、これはちゃんと訳しているのですから言い訳できません。メアリーはこれを見てミイラを連想しているので饅頭では無理。意訳ならまだ『春巻』の方が良かった(訳しすぎだが)。結局、最良の選択は、次のようにすることだったのか。
→エンチラーダの大皿が運ばれてきた。メアリーはその皿を見た。エンチラーダは16本あった。

26) It had an interior clothed in a papyrus of corn tortilla. It was slender and it was one of many he cut and placed in his mouth
トウモロコシのパン皮でつつんだ細長いものだが、どこの国の料理でも、えり好みせずにたいらげる彼は、例によって、小さく切って口に入れた。(訳文61ページ)

(コメント)例の名人芸ですが、「どこの国の料理でも、えり好みせずにたいらげる彼は、例によって」というのが、どこから出てきたのか、全く不思議です。直訳すると、何か問題があるのでしょうか?
→それは紙状のトウモロコシのトルティーヤで具を巻いたものである。それは細く、彼が切り刻んで口に入れる何本ものうちの1本であり、

27) She rammed the starter home and there was a clear smell in the air as she fluttered the choke.
"You've flooded it,"
…スターターを蹴とばした。たちまちチョークの作用で、臭気があたりにただよった。
「いきすぎた気味だぜ」(訳文66ページ)

(コメント)確かにramには激しくぶつけるという意味がありますが、そうすると、homeの処理に困る。宇野氏はこれを無視して切り抜けていますが、辞書を引けば、ram*homeは*を反復するという意味であることが分かります。また、宇野氏は車を運転されなかったようですが、チョークを使いすぎて、結局エンジン内をガソリンで溢れさせる失敗のことをご存じないようです(今の車はチョークなんて使わないので、若い人も御存知ないか?)
→彼女はスターターの操作を繰り返し、チョークを往復させたので、空中にはっきりとした臭気が漂った。
「(ガソリンで)びしょびしょにしちまったな」

28) Under the bright bright print of the brightest, loudest skirt she could find to put on especially for tonight, in which she had whirled and cavorted feverishly before the coffin-sized mirror, beneath the rayon skirt the body was all wire and tendon and excitation.
とくに、今夜のためにみつけだした、明るい色の、明るくて、明るくて、明るすぎるくらいのレーヨン・スカートの下で、彼女のからだは、すべてみな、針金であり、腱であり、興奮だった。(訳文74ページ)

(コメント)結構省略されています。訳は非常に難しく、私には次のようなのが精一杯。
→特にこの夜のために選んだ、輝くような、輝くような、見つけられるうちで最高に輝かしく派手な柄のスカートの下で―選んだときは棺桶サイズの鏡の前で、彼女は熱狂して体を廻し、くねらせたものだったが、いまや、そのレイヨンのスカートの下で、体はすべてが針金と腱と興奮だけになってしまっていた。

29) and she walked to her bed and slipped into it and he lay with his back to her in his bed
ベッドに歩みよって、なかへすべりこんだが、夫は背をむけたままで、(訳文75ページ)

(コメント)たいした問題ではないのですが、私は初読時、二人はダブルベッドに寝ていると思ったのですが、後の描写で、別々のベッドに寝ていることが分かりました。これではそう取られても仕方ない訳です。この点をはっきりさせるために、her、hisを訳出すべきかと思いました。
→彼女は自分のベッドに歩いていって、滑り入ったが、彼は自分のベッドの中で彼女に背を向けて寝ており、

30) …and the real earth was off somewhere where it would take a star-flight to reach it.
真の世界は遠くはなれ去って、そこに行きつくには、星の光にたよらねばならない。(訳文75ページ)

(コメント)夫との距離を描写する比喩です。この本ではRBは全くSFしていないので、この訳でもいいのかもしれませんが、the real earth was off somewhereでstar-flightときたら、宇宙船、としたくなりませんか?
→実際の地球から離れたどこか遠く、帰るには宇宙船に乗るしかないような場所。

31) …which her inner eyes stared upon…
それに彼の心の目はひきつけられ(訳文76ページ)

(コメント)単なる誤植、彼→彼女

32) He was getting ready for bed and said nothing as he moved about and she said nothing but fell into the bed while he moved around in a smoke-filled space beyond her
ベッドの支度をしようとしているが、動きまわるだけで、なにもいわなかったし、彼女もまた、彼がタバコの煙で部屋をいっぱいにしたあと、ベッドにはいりこむまでのあいだ、ひとことも口をきかなかった。(訳文84ページ)

(コメント)この訳文だと、ベッドに入ってしまうのが彼であるかのように読めます。後で分かるように、ジョセフはまだ起きているので、誤解のないように、次のようにしたいところです。
→彼はベッドの用意をしていたが、その間何もしゃべらなかったし、彼女のほうも何も言わずにベッドに倒れこんでしまっていた。そのうちに彼が動き回りながら彼女の周りをタバコの煙で満たし、

33) She called for water. She turned and turned upon the bed.
水を求めて、いくどとなく、ベッドの上に寝返りをうった。(訳文84ページ)

(コメント)宇野氏のような名手が、なぜこんな訳をしたのか不思議です。完全に2文に分かれていて、それぞれ簡単なのに。勘違いか?
→彼女は(ジョセフに)水をくれと頼んだ。彼女はベッドの上で寝返りを繰り返していた。

34) He said, "It would cost hundreds of dollars to have the car shipped home."
彼は言った。「車を雇うには数百ドルかかる」(訳文85ページ)

(コメント)これも初歩的な構文なのに、宇野氏ともあろうかたがどうしたのでしょうか。直前に次の町までタクシーで行く話をしているので、この訳では、そのタクシーの値段のことになってしまいます。メキシコのタクシーがそんなに高いわけがないですね。
→彼は言った「車を家まで送るのには何百ドルもかかるぞ」

35) "You should have known," she said.
あなただけには、知っていていただきたかったわ(訳文86ページ)

(コメント)訳文の方が優れているような気がしてしまうのが恐ろしいですが、少なくとも原文には訳文のようなニュアンスはないと思います。
→「御存知のはずよ、」と彼女は言った。

36) if you died, you'd look very pretty in the catacomb standing between Mr. Grimace and Mr. Gape, with a sprig of morning-glory in your hair.
かりに、きみがここで死んで、あの地下の埋葬場に運びこまれ、その髪に小枝のような暁の光をうけて、ミスター≪しかめっつら≫やミスター≪口あんぐり≫のあいだにはさまれて立つことになったら、目をみはるほど美しいすがただろうな」(訳文90ページ)

(コメント)前述のように、ここではMr. Grimace and Mr. Gapeをちゃんと処理しています。ところが、sprig of morning-gloryで破綻しました。初読時、「小枝のような暁の光」というのは、変わった比喩で、?*!#?、と思ったのですが。訳文44ページではちゃんとアサガオと訳しているのに、どうしちゃったのでしょう。
→もし君が死んだとしても、地下墓地の例の顰っ面さんとあくびさんの間に立たせたら、とってもきれいだと思うぜ。朝顔の花を一輪、髪に挿したりしてな」

*****************
「こびと」と違って、鑑賞の妨げになるような重大なものはないので、少し安心。ただし、以上の点を全部直してから読み直すと、結構印象が違います。
今回精読しましたが、傑作ですね。特に、ミイラを見た後のメアリーの心象風景を畳み掛けるやり方は、RBメタファーのてんこ盛り。原文だとイメージが澱みなく流れるのに、訳そうとすると、えらい目にあう、という典型例でした。

マチスのポーカーチップの目に続く(爆


[349へのレス] お役にたつかどうか・・ 投稿者:Greentown 投稿日:2005/11/07(Mon) 10:56:24

◎第二弾、有難うございます。そもそも十月の原典を全く読んでいない小生には、さすがに追いつきません。まだ「こびと」の先も読んでいないのに・・(笑 & 汗)
◎「自分以外の各位の仰言ることは正しいに決まっている」という大前提なものですから、失礼ながら「ざらっと」しかご投稿を拝読しておりませんが、「ひょっとしたら」という情報ご提供だけ。
◎”Mister Interlocutor” でふと思い出したのが、昔、何かの必要から調べた、”Minstrel Show”(ひょっとしたら”Dandelion”だったかも知れませんが、完全に忘却)。某辞書に拠りますと、「白人が黒人に扮して行なう(黒人生活を茶化した)寄席演芸」のことなんですが、”Interlocutor”とは、そのショーのMCのことで、両脇の出演者と滑稽な掛け合いをしたそうです。
◎この演芸、1830年頃に始まり、優に1950年代までやっていた模様。”Jim Crow”、”Mr. Tambo”、”Zip Coon”というのが、ショーの「定型キャラ」だったようです。その流れをくむものとして、”The first talking picture, "The Jazz Singer," (1927) was a blackface film. Both Judy Garland and Bing Crosby did movies with blackface sequences.”との記載もあります(http://chnm.gmu.edu/courses/jackson/minstrel/minstrel.html)。
◎ひょっとしたら、”Mr. Grimace” だの”Mr. Gape”も、先生が昔観たショーのキャラだったのかも知れませんが、そこは億劫で調べませんでした。少なくとも、(http://www.filmsite.org/jazz.html)をナナメ読みした限りでは、恐らく先生が観たであろう、"The Jazz Singer," (1927)のキャラの中には、いない模様。
◎”Mr. Grimace” 、”Mr. Gape”と”Minstrel Show”を関連させて調べようと思っても、ヘヴィメタのシンガー・グリマス氏やら、マクドナルドのキャラまで出て来て、始末におえない状態。
◎以上、そもそも見当はずれなのかも知れませんが、一応情報ご提供まで。B先生、ご承知のように、「自分が知っているものごとは、全世界の人間も知っている」というノリで、どんな事物でも平気でお書きになるので・・・
◎なお、http://chnm.gmu.edu/courses/jackson/minstrel/minstrel.htmlにも、ショーの詳細な解説があります。


[346] 「雷のような音」(『太陽の黄金の林檎』所収) 投稿者:haro 投稿日:2005/11/04(Fri) 22:27:22

弘法も筆の誤り。僭越を承知で、引続き名訳の検証をしてみます。

◆誤訳
P120 上l11(銀背HSFSの頁・行で表示)
魔法の箱のようにすべては際限もなく取出され、ウサギは帽子から跳出し、

all and everything cupping one in another like Chinese boxes, rabbits in hats,

⇒際限もなく取り出された中国の魔法の箱がもとの大箱にもどるようにすべては収束し、ウサギは帽子に逆戻りして、

(Chinese boxes とは”a set of boxes of graduated size, each fitting inside the next larger one.”( The American Heritage ® Dictionary of the English Language, Fourth Editionより)。 過去への時の流れを映像を逆回ししたように描写する箇所で、訳文ですと「順行」で前後の文章に馴染みません)


◆省略
P133下l6
それはどんな世界なのだろう。壁のむこうで動いている。それが感じられる。まるで風にさらわれる枯葉のよう……

What sort of world it was now, there was no telling. He could feel them moving there, beyond the walls, almost, like so many chess pieces blown in a dry wind….

⇒今それはどんな世界なのだろう、ちがいを見分けることはできないだろうが。壁の向こうでそれが動いているのが感じられる。まるで乾いた風にさらわれる無数のチェスの駒のように……

(There is no doing. = It is impossible to do. やや超現実的な原文に比べると「枯葉」という訳は物足りないのですが)


[346へのレス] 「いぶかりのような音」その1 投稿者:Greentown 投稿日:2005/11/06(Sun) 10:42:21


◎禁断の領域に踏み込むのが大好き(笑)なのと、たまたまこの短編を原典で読んでいた関係から、ご報告・ご相談まで。例によって容量がデカクなり過ぎてしまいましたので、二度に分けてご投稿いたします。

◎なお、小生は銀背を手放してしまったもので、ハヤカワ文庫版「太陽の黄金の林檎」(以下「林檎」と略)で参照させて頂きます。

◎小生の対照例は”Dinosaur Tales”に依るものであり、各種”Golden Apples”のtextと合致しているかどうかは無精で検証しておりません。また、原文は某サイトから引いてきましたが、本と合致しているかどうか、逐一検証しておりません(こことおぼしき箇所のアタマとオシリだけ見てコピーしたもので・・・)。

では、まずharoさんのご指摘から。

◆ 誤訳
P120 上l11(銀背HSFSの頁・行で表示)⇒ 文庫P178 ll.16
「魔法の箱のようにすべては際限もなく取出され、ウサギは帽子から跳出し、」
all and everything cupping one in another like Chinese boxes, rabbits in hats,
⇒際限もなく取り出された中国の魔法の箱がもとの大箱にもどるようにすべては収束し、ウサギは帽子に逆戻りして、

※まさにご指摘の通りかと。因みに、「恐竜物語」(新潮文庫・伊藤典夫氏訳、以下「恐竜」と略)では・・
「なにもかもが入れ子細工のようにはまりこみ、ウサギはシルクハットに戻り」(P83 ll.3)

◆ 省略
P133下l6 ⇒ 文庫P195 ll. 9
「それはどんな世界なのだろう。壁のむこうで動いている。それが感じられる。まるで風にさらわれる枯葉のよう……」
What sort of world it was now, there was no telling. He could feel them moving there, beyond the walls, almost, like so many chess pieces blown in a dry wind….

⇒今それはどんな世界なのだろう、ちがいを見分けることはできないだろうが。壁の向こうでそれが動いているのが感じられる。まるで乾いた風にさらわれる無数のチェスの駒のように……

※同じく「恐竜」では・・
「世界は今どんな有様なのか、それは予断を許さない。壁の彼方にある群衆の動きが感じられるようだった。数知れぬチェスの駒のように乾いた風に吹きとばされてゆく・・」(P119 ll.11〜)
”them”を『群衆』(の動き)とされたのは、直前に“world of streets and people”があり、また、”so many chess pieces”になぞらえてあることを考察された結果でしょう。恐らく「群衆」で正解なのでしょうが、ちょっとイメージを固定し過ぎるかな・・「壁のむこうで動いている。それが感じられる」、と書いてくれた方が、イメージとしては、小生も好きです。


◎さて、「誤訳」と「省略」ですが、OG氏のご訳業については、小生が今まで参照した数少ないものを拝見しても、さすがに小生ごときが「誤訳」などと指摘させて頂けるような代物は、殆んどありません。(稀少な例をきっちり見つけ出すharoさんの眼力には感服)「省略」については、これも善し悪しで、B先生の5行以上にまたがるセンテンスを読んだことのある方なら、「ええい、飛ばしちまえ!」という気持ちは共通しているはず(?笑)。大勢に影響の無い省略であれば、却って読み易い場合も多々。

◎さはさりながら、折角書いてあるものを読めないというのも不運の一種。というわけで、ささやかながら省略部分など引かせて頂きます。なお、OG氏の場合、何れも「分からないから」飛ばす、という水準では無いと思いますので、省略は他の要因に依るものかと思われます。
◎なお、この短編は必殺「ウは宇宙船のウ」(以下「ウ」と略)にも収められておりますが、ものはついでに参照致します。錯綜しますが、「恐竜」ともども、折に触れて引かせて頂きます。


@「ウ」P132 ll.1-2
「知らないうちに温かい涙が、薄い膜を張ったようににじみ出たので、壁に書かれた看板はぼやけて見えた。」
<原 文>
“The sign on the wall seemed to quaver under a film of sliding warm water.”
<内 容>
完全に「読み過ぎ」かと。なぜエッケルスがハナから涙ぐむ必要があるのか。
<「林檎」>
「なまぬるい水が湧いて出て、壁の文字はふるえた。」
<「恐竜」>
「壁の文字は、うすい膜となってすべる温かい液体のむこうで揺れているように思われた。」
<内 容>
「林檎」は不明確。小生は「恐竜」に賛成。合っているかどうかは分かりませんが、恐らく”sign”の表面、若しくは手前に、薄く、滝のように温水が流れ落ちている意匠の表現なのではないかと。
<対照例>
「その壁の文字は、滑り落ちて行く温水の薄膜の向こうで、震えているように見えた。」


A「林檎」P177 ll.1-2
「エッケルスはまばたきをした。一瞬のくらやみのなかでも、文字は意識に焼きついていた」
<原 文>
“Eckels felt his eyelids blink over his stare, and the sign burned in this momentary darkness:”
<対照例・・というより、ほぼ直訳>
「エッケルスは、じっと見つめる自分の視線に被さって、睫毛が瞬くのを感じ、その一瞬の闇の中にも、その文字は燃えるように映っているのだった。」
<内 容>
残像ですね、瞼を閉じた瞬間にも明るい文字が残っているという。「意識に焼き付く」のとは少々異なりますか。「ウ」はOK。なお、「恐竜」では、(恐らく)原文の言わんとすることを分かり易くするために、”blink”を次の『』内のように処理されています。
<「恐竜」>
「見つめる眼球の上にまぶたが『おり』、つかのまの闇の中に燃える文字が残った―」


B「林檎」P177 ll.9
「口元に微笑を浮かべて」
<原 文>
“The muscles around his mouth formed a smile〜”
<「恐竜」>
「口の周辺の筋肉が笑みをかたちづくり〜」
<内 容>
B先生にありがちな表現。この短編では、エッケルス氏の行動を描写する箇所で随所に類似した表現(エッケルス氏本人の動作なのに、彼か他人の行動を動作を観察しているような書き方)が見られますので、敢えてこだわってみました。「ウ」もOK。


C「林檎」P178 ll.6-8
「蛇のようにくねった電線は、ぶーんという唸りを発し、鋼鉄の箱からは、オレンジ色、銀色、青と刻刻に色の変わる火花が散った。」
<原 文>
“(Eckels glanced across the vast office) at a mass and tangle, a snaking and humming of wires and steel boxes, at an aurora that flickered now orange, now silver, now blue.”
<対照例>
「(エッケルスが広大な部屋の向こうにちらりと眼を遣ると、)あるところには、とてつもない量の電線が蛇のようにうねり、ブーンと唸りを上げ、幾つもの鉄の箱と随所で絡み合い、またあるところにはオーロラが輝いており、今はオレンジ色、次は銀色、そして青色、と瞬いている。」
<内 容>
別に良いんですが、ちょっと内容が違うかな。「恐竜」も、”tangle”はあまり勘案されていない模様。(「〜ワイアがのたうち、スチールの箱がうなり、オーロラが〜」)なお、「ウ」は、ややおかしいと思われるものの、概ねOKかと。


D「林檎」P178 ll.9
「(すべての年が、すべての羊皮紙のカレンダーが、)すべての時計が、(うずたかく積まれて〜)」
<原 文>
“(There was a sound like a gigantic bonfire burning all of Time, all the years and all the parchment calendars,) all the hours (piled high and set aflame.”)
<内 容>
些末な点ですが、”hours”を「時計」と表現しているのは「林檎」だけ。(「恐竜」=「時間」、「ウ」=「時刻」)


E「林檎」P178 ll.12
「黄金の山椒魚」
<原 文>
“golden salamanders”
<内 容>
B先生お得意のサラマンダー君ですが、先生がこの言葉を使われる場合は、小生の知る限り、まず100%、「火の中に棲むことができると信じられた伝説上の動物」の意。珍しい用語選択の誤りをされていたので、思わずご指摘。なお、「恐竜」、「ウ」とも「火トカゲ」。


F「恐竜」P83 ll.7
「くそっ」
<原 文>
“Unbelievable.”
<内 容>
何が「くそっ」なのか、よく分かりません。「林檎」は「なんということだ」、「ウ」は「まさかと思うようなことだが」。小生は当然?「林檎」に賛成。


G「ウ」P135 ll.10-11
「世間の人たちはわれわれに呼びかけて注意を喚起しましたっけね。冗談めかして、しかも冗談ではなく。もしもドイッチャーが大統領になったら、一四九二年の世の中に行って暮らしたい、と。」
<原 文>
“People called us up, you know, joking but not joking. Said if Deutscher became President they wanted to go live in 1492.”
<対照例>
「冗談とも本気とも取れる照会が、何本も掛かってきましたよ。もしドイチャーが大統領になったら、過去に行って、一四九二年に住みたいんだが、ってね。」
<内 容>
ご説明の必要もなく、”call up”の取り違え。もちろん、「林檎」も「恐竜」もOK。但し、「林檎」には「電話」の語感は無し。


H「林檎」P179 ll.10
「〜あなたは心おきなく―」
「恐竜を射っていればいいわけですね。」と、エッケルスが口をはさんだ。
<原 文>
“〜All you got to worry about is―”
“Shooting my dinosaur,” Eckels finished it for him.
<内 容>
直訳としては、「エッケルスは彼のために話を完了させてやった、話の後を継いでやった」になりますから、「口をはさんだ」という語感には少々違和感が。「恐竜」は「あとをひきとった」、「ウ」は「相手に代わって言ってやった」。


I「林檎」P179 ll.11-12
「この許可証にサインして下さい。しかし、どんなことが起こっても、わたしたちは責任を負いませんよ。」
<原 文>
“Sign this release. Anything happens to you, we’re not responsible.”
<対照例>
「さあ、この権利放棄書にサインをどうぞ。あなたの身に何が起こっても不思議じゃありませんし、私共は責任を負いません。」
<内 容>
“release”という名詞は、法律用語で ” the action of releasing property, money, or a right to another. ⇒ a document effecting this”とのこと(COD)。従って、「(狩猟?)許可証にサインしろ、『しかし』、責任は持たないよ」と(小生には)読めてしまう「林檎」の筋立てとは逆。「恐竜」、「ウ」とも、「権利放棄(確認)書」。


J「林檎」P180 ll.15
「そういう種類のは敬遠します。その種類でない限り、まず最初の二発を〜」
<原 文>
“We stay away from those. That’s stretching luck. Put your first two shots into the eyes, if you can,〜”
<対照例>
「そういう連中には近寄らない。『それが無難ってもんだ、運は大事にとっとかなくちゃな、etc.』。出来るなら、最初の二発は〜」
<内 容>
基本的には、原文を読んでも、このセリフの最後のセンテンス(“Put〜”)が、脳味噌が二つある連中を指すのか、それ以外の種を指すのか、不明です。確かに、「そういうのは敬遠する」と言っている訳ですから、「林檎」のように「その種類でない限り」という繋がりになるのでしょうが、”That’s stretching luck.”をその意で読むのは無理(?)これを省略された上で、「そうでない限り」を説明的に付加されたと見るべきでしょうか。因みに「恐竜」では「これだけで相当、運が向いてくる」、「ウ」は「そのほうがずっとぐあいよく運びます」。


K「ウ」P137 ll.1
「二人の動物狩りタイム・トラベル会社の役員」
<原 文>
“two Safari Heads”
<「林檎」>
「二人の遠征隊の指導者」
<「恐竜」>
「二人のサファリ・ガイド」
<内 容>
いくら大文字だからって、役員に昇格させなくても・・


L「ウ」P138 ll.7-8
「当社はこの過去のものではございません。政府は当社をこの過去に来させたくないのです。」
<原 文>
“We don’t belong here in the Past. The government doesn’t like us here.”
<対照例>
「この過去の世界では、俺たちはよそ者だ。政府の連中に言わせれば、俺たちがここにいるのは、決して好ましいことじゃない。」
<内 容>
“We”を「当社」にされると極めて珍妙です。もちろん「林檎」も「恐竜」もOK。なお、この後に”graft”≒「賄賂」が出て来ますが、「林檎」だけが「保証金」とあります。


M「林檎」P182 ll. 8
「一尾のウグイ」
<原 文>
“a roach”
<内 容>
さて、「ゴキブリ」と「ヨーロッパ産・コイ科・ローチ属の淡水魚」の、どちらにしましょう??「恐竜」はゴキブリ、「ウ」は「鮠(ハヤ)」とあります。拙宅の辞書によっても異なり、第一義に「(米略式)cockroach」とあるものもあれば、魚しか掲載されていないものもあります。(拙宅辞書群の「第一義・多数決」では魚に軍配。)


N「林檎」P183 ll.12
「(あなたが足をトンと人踏みし、ネズミ一匹を殺すことによって、) 時の果てまでひろがる大地震が始まるかもしれないのです。」
<原 文>
“(The stomp of your foot, on one mouse, could start an earthquake,) the effects of which could shake our earth and destinies down through Time, to their very foundations.”
<対照例>
「(あんたが地面を一度踏んづけてネズミ一匹潰すことで、地震を引き起こすかも知れないし、) そいつに揺すられて、俺たちが立ってる地盤や、色々なものの運命が、刻の穴を落っこって、そもそもの始めに戻っちまうかも知れないんだ。」
<内 容>
対照例の当否・巧拙はともかく、省略箇所です。ただし、省略の仕方は絶妙。
<「恐竜」>
「(前半省略)その影響は、未来にあるわれわれの運命や地球そのものを根底から揺り動かす。」
<「ウ」>
「(前半省略)その結果、われわれの大地と前世からのいろいろな約束ごとを未来永劫まで揺すぶって、それこそその根底をぐらつかせてしまいかねません。」
<内 容>
少なくとも「未来永劫まで」(「ウ」)は不適当かと。また、どちらかというと「地球」(「恐竜」)と言うよりは大地、地表が適当かと思いますが、いかがでしょう?


O「ウ」P140 ll.5-6
「二十日鼠を一匹踏み殺せば、永遠に、グランド・キャニオンみたいな足跡をあとに残すことになります。」
O’「恐竜」P94 ll.7
「ネズミを踏んだ跡は、グランド・キャニオンみたいに、永久に刻み込まれるんだ。」
<原 文>
“Step on a mouse and you leave your print, like a Grand Canyon, across Eternity.”
<対照例>
「ネズミ一匹踏み潰してみれば、あんたはグランド・キャニオンみたいな、時を跨ぐ痕跡を、『久遠』のなかに残すことになる。」
<内 容>
日本語の助詞の難しさでしょうか。「ウ」、「恐竜」ともに、”forever”という副詞のように読めてしまいます。その点、「林檎」は、「あたかも大峡谷のように、あなたの爪は永遠のなかに醜い痕跡を残すのです」と処理(「醜い」は余計?)。


P「ウ」P140 ll.10-11
「たとえ草っ葉一枚に触れるのも、そうするだけのかいがないことだっていうんだな。」
<原 文>
“Then it wouldn’t pay for us even to touch the grass?”
<対照例>
「つまり、たとえ草っ葉一枚でも、触ったら、割が合わないってことだな?」
<内 容>
「かいがない」という日本語は、ご承知の通り、「してみるだけの値打ちがない」の意であって、「甲斐がある/ない」は、そもそも「何らかの有利な結果が期待される」ものごとに対して使われるもの。ここでの”pay”には不適当かと。「林檎」は「為にならん」、「恐竜」は「引き合わない」で、何れもOK。


Q「ウ」P140 ll.15
「恐らく過去ぜんぶを、われわれの手で変えることはできないでしょう。あるいは、ことによると過去が変えられるのは、ごく微妙なぐあいにだけなのかもしれません。」
<原 文>
“Maybe Time can’t be changed by us. Or maybe it can be changed only in little subtle ways.”
<対照例>
「ひょっとしたら、俺たちのせいで『時』が変化するなんて事は、あり得ないのかも知れない。あるいは、変化するとしても、誰も気付かないほど微細な変化かも知れん。」
<内 容>
「われわれの手で変えることはできないでしょう」って、積極的に試してどーするんですか?! 単純すぎる”can”の読み違え。もちろん「林檎」も「恐竜」もOK。


◎とりあえずここで一区切りと致します。ご迷惑でしょうが、「その2」はすぐ後に。


[346へのレス] 「いぶかりのような音」その2 投稿者:Greentown 投稿日:2005/11/06(Sun) 10:44:36


R「林檎」P184 ll.6-8
「ここで一匹のネズミが死ねば、むこうでは一匹の昆虫がバランスを失い、その後、人口の不釣合が生じ、さらに不作の年があり、不景気があり、集団的な飢えがあり、遂には未来の国々で社会的な雰囲気の差が生じる。大体そんなふうな、あるいはこれよりももっと微妙なことなのかもしれません。」
R’ 「恐竜」P95 ll.2-4
「こちらで死んだネズミが、あちらで昆虫類のバランスを狂わせ、あとには人口の不均衡、その先では穀物の不作、大不況、大量餓死を引き起こし、最後にはどこか遠い国々の社会体質が変わる。たとえば、そんな風な微妙なものか。」
R’’ 「ウ」P140 ll. 16-19
「ここで二十日鼠が一匹死ねば、あちらでは昆虫が一匹からだの釣合がとれなくなり、のちには人口が不均衡になり、さらにまた凶作が起こり、不景気、集団餓死、と続いたあげく、しまいには広範囲な国々で、群居的な気質に変化が生じるにいたる。とそういったような、なにかもっと微妙なぐあいのものなのでしょう。」
<原 文>
“A dead mouse here makes an insect imbalance there, a population disproportion later, a bad harvest further on, a depression, mass starvation, and finally, a change in social temperament in far-flung countries. Something much more subtle, like that.”
<内 容>
◎個人的に一番悩んだのがこの部分です。ここはご相談箇所。
◎何はともあれ、この前段に「あるいは、変化するとしても、誰も気付かないほど微細な変化かも知れん」という前提があり、更に、「もっと”subtle”なことである」【”subtle”=”so delicate or precise as to be difficult to analyze or describe”(COD)、”Not immediately obvious; abstruse” (AHD)】というのも大前提なのですが、初めて読んだときに、「どこが”subtle”なの? おおごとじゃん。」・・・上記三氏のご訳業を拝見しても、「人口の不均衡」とか「大量餓死」とか、「国の社会体質が変わる」とか、とても、「微妙で捉えにくい」こととは思えず・・
◎単なる推測ですが、恐らく訳者の方々もこの点に気付かれて、「社会的な雰囲気の差」であるとか、「群居的な気質の変化」であるとか、どうにかして”subtle”にまとめよう、という意図が見えなくもありません(或いは、単に、”temperament”という、現代語では本来、人間個人に使うべき言葉に対応されたのかも知れませんが)。
◎さて、こうなると、恐らく解釈は次の二通りに分かれると思われます。
(1)「集団餓死」しようとナンだろうと、全生物の全歴史の中では、”subtle”なことである。
(2)原典は”subtle”な事を言っているのに、訳書でおおごとにし過ぎている。
◎さて、仮に(2)とした場合、果たして別の、もっと「些細っぽい」訳し方ができるのか?―例えばの話ですが、各単語を次のように解釈してみると、どうでしょう。
・population = (当該昆虫の)個体数
・depression = (当該種の)減退
・mass starvation = (bad harvestによる)広範囲の餌不足
・social temperament = 群れ社会の体質・気質
つまり、大部分を昆虫の世界の話にしてしまうわけです。これを適用すると・・
「ここでネズミが死んだことで、どっか他所(よそ)で一匹の昆虫が均衡を失うと、後に、その種の個体数が不釣り合いになり、ずっと後には不作をもたらし、種の減退と、広範囲の餌不足が起こり、終いには、遙か彼方の色んな土地で、群れ社会の体質が変化する。こんな、まるで捉えどころのないようなことなのかも知れん。」
てなことになるのですが、多分にこじつけっぽくもあり、小生も確定している訳ではありません。皆様のご慧眼に期待します。


S「林檎」P185 ll.7
「それからわたしは、動物が死ぬちょうど二分前に、わたしたちが到着するよう手配しました。」
<原 文>
“Then I correlate our arrival in the Past so that we meet the Monster not more than two minutes before he would have died anyway.”
<対照例>
「それから私は、連中がどのみち死ぬことになる、その時刻の二分前以内に、我々が連中に出会うようにタイミングを計って、過去に到着したというわけです。」
<内 容>
死ぬ二分前に「(過去に)到着」していては、レスパランス氏が解説をぶっているこの時点で、恐竜各位、既に死んでいるかと。ただ、原意のように読めなくも無いので、「そのつもりで書いているんだから、含むところを読み取れ」と仰言られればそれまでですが・・。「恐竜」も「ウ」も、表現は違えど概ねOKかと。
⇒なお、「恐竜」では、次の”This way, we kill only animals with no future, that are never going to mate again.”の記載がありませんが、これは訳者の方のせいではなく、”Dinosaur Tales”原典では、元々このセンテンスが脱落しています。意図的かどうかは不明ですが。


(21) 「林檎」P185 ll.12
「あなたは帰る途中で、われわれに、この遠征隊にぶつかった筈じゃありませんか。どうなってるんです。うまくぶつからずにすんだんですか。われわれはみんな―生きたまま、ここに着いたんですか」
(21)’ 「ウ」P142 ll.8-9
「われわれ、すなわち動物狩りの一向に衝突したに違いない! いったいどうなりました?うまくいったのですが? われわれはみんな着いたんですか―無事に?」
(21)’’ 「恐竜」P96 ll.9-11
「しかし今朝ここに来たのなら、おれたちに出会っていたはずだぞ。このサファリ隊に!」(中略)「結果はどうだったんだ? うまくいったのか? おれたちはちゃんと帰れたのか―無事に?」
<原 文>
“you must’ve bumped into us, our Safari! How did it turn out? Was it successful? Did all of us get through―alive?”
<内 容>
◎この”bump into us”は、「レスパランスが現代に帰る途中で(二機のタイムマシンが)衝突する」(「林檎」)のではなくて、「先遣隊として調査に行っていたレスパランスが、自分たち探検隊と出会った筈だ」の意かと思われます。というのも、「我々は(ここに)無事に着いたのかね?」と、「既に無事に着いている」、当の連中が訊ねるのは無意味だからです。サファリ隊が到着した時点では、まだ先遣隊のレスパランスが過去にいるわけですから、(レスパランスが二人になってしまっているのは措くとして) ” bump into us”した筈だ、ということなのでしょう。因みに「何故出会わなかったか」という理由は、この後のレスパランスのセリフで、納得するしか無いでしょうか・・・。
◎片や、その後の質問は何を指しているか、という点については・・・結論としては、「恐竜」が正解だと思います。というのも、後に続くレスパランスのセリフ(試訳)―「『時』ってやつは、そういう類(たぐ)いの混乱を許さないんですよ、自分自身に出会うようなね。そういう事態が差し迫ると、『時』は、スッとわきに避(よ)けるんです。エアポケットに突入した飛行機みたいにね。さっき、マシンが停まる直前に、ジャンプしたのを感じたでしょう? あれは、未来に戻る自分たちに道を譲ったんですよ。我々には何も見えなかった。この探検は成功したのか、お望みの『怪物』をしとめたのか、我々全員が―つまり、エッケルスさん、あなたが、生還したかどうか、知るすべはないんです。」という答えに対応する質問として、「恐竜」のように読むしか無いと思われるからです。
◎深く考えるとそもそも原典の理屈も矛盾が多いんですが、とにかく小生としては以上の結論です・・
⇒因みに「ウ」の上記セリフ中、「怪物を手に入れたかどうか」とありますが、お馴染みの”get”の読み違えかと。


(22) 「林檎」P187 ll.15-18
「異教の神のように二本の前足でギラギラ光る油ぎった胸を抱いていた。どの足も重さ千ポンドのピストンで、厚い筋肉が縄のようによじれ合っていた。どの腿も重さ一トンの肉の塊で、象牙色に光っていた。息つく上体から、二本の前足が突出し、その先端の手は人間を玩具のように持ち上げそうだ。顎はコイルのように筋肉がねじれ、頭そのものは重さ一トンの石の彫刻のよう。それが軽々と空中に持ちあげられていた。」
<原 文>
“a great evil god, folding its delicate watchmaker’s claws close to its oily reptilian chest. Each lower leg was a piston, a thousand pounds of white bone, sunk in thick ropes of muscle, sheathed over in a gleam of pebbled skin like the mail of a terrible warrior. Each thigh was a ton of meat, ivory, and steel mesh. And from the great breathing cage of the upper body those two delicate arms dangled out front, arms with hands which might pick up and examine men like toys, while the snake neck coiled. And the head itself, a ton of sculptured stone, lifted easily upon the sky.”
<対照例>
「その強大な邪神は、時計職人のように繊細な鉤爪を、脂ぎって爬虫類じみた胸元に、ぴたりと抱えている。後ろ脚の下半分は、どちらもピストンで、千ポンドの白い骨が、太いロープのような筋に包まれ、恐ろしげな戦士が纏う、鋲(びょう)を打った甲冑(かっちゅう)みたいな、鈍く光る鞘(さや)に収められている。太ももは、一トンはあろうかという、肉と、象牙と、鋼(はがね)の網目細工だ。そして巨大な呼吸する檻、上半身からは、例の華奢(きゃしゃ)な腕がぶら下がり、付いている手は、まるで玩具(おもちゃ)みたいに人間を摑み上げ、蛇のような首がくるりと回ると、しげしげと検分するのだろう。そして頭は、一トンの石の彫像で、易々と空に掲げられている。」
<内 容>
省略と、若干の混乱が・・・と思います。「恐竜」、「ウ」共に、省略は無いようです。
「ウ」と「林檎」の共通点は、”, while the snake neck coiled.”を独立して読んでいる(「林檎」=「顎はコイルのように筋肉がねじれ、」、「ウ」=「蛇のようなその顎はとぐろを巻いたようになっていた」)点ですが、小生としては「恐竜」同様、上記のように読みたいと思っております。


(23)「恐竜」P106 ll.4
「おれをここから出してくれ」
<原 文>
“Get me out of here,”
<対照例>
「俺を逃がしてくれ」
<内 容>
思わず「みんなで穴の中かなんかに入ってましたっけ?」と訊ねたくなる、この訳者の方にしては珍しい日本語選択。「林檎」は「私をここから連れ出してくれ」、「ウ」は「ここからおれをよそへやってくれ」(このクドさが病みつきに・・??)。


(24)「恐竜」P106 ll.8
「逃げないで」
<原 文>
“Don’t run”
<対照例>
「走らないで」
<内 容>
ここは、「逃げても良いけど、走るなよ」という局面。またも珍しいミス。「林檎」「ウ」ともにOKでした。


(25)「ウ」P147 ll.14
「ああ、エッケルズともあろうものが!」
<原 文>
“Eckels!”
<内 容>
これをこういう風に読む人も珍しいと思いますが、これはトラヴィスかレスパランスの呼び掛けだと思われます。もちろん「林檎」も「恐竜」もその解釈。


(26)「林檎」P189 ll.18-19
「足が緑色の苔の中に沈んだ。それでも足はひとりでに動き続けた」
<原 文>
“His feet sank into green moss. His legs moved him, and he felt alone and remote from the events behind.”
<対照例>
「足が緑の苔(こけ)に沈む。勝手に動く脚に連れられて、背後の大事件など、俺だけは関係ない、などとぼんやり思いながら、歩き続けた。」
<内 容>
些細な省略ですが、もののついでに。「恐竜」は「彼は孤独にひたり、背後の出来事を他人事のように感じていた」、「ウ」もニュアンスは違えど、取り敢えず省略は無し。


(27) 「林檎」P190 ll.4
「怪物の金属的な眼球めがけて弾は飛んだ。」
<原 文>
“They fired at the metallic eyelids and the blazing black iris.”
<対照例>
「ハンターたちは、金属じみた瞼と、燃え立つような黒い虹彩めがけて発砲した。」
<内 容>
些末な省略です。「恐竜」、「ウ」ともに省略は無し。


(28)「林檎」P190 ll.6-7
「怪物の前足は人間たちの道路を掻きむしった。一行は後退しながら、またライフルを発射した。怪物は尾を振り〜」
<原 文>
“It wrenched and tore the metal Path. The men flung themselves back and away. The
body hit, ten tons of cold flesh and stone. The guns fired. The Monster lashed its armored tail,〜”
<対照例>
「奴は金属の歩道をねじ曲げ、引き裂いた。男たちはぱっと後ろに跳び、これを避ける。十トンの冷たい肉と石が、地を打つ。銃が鳴った。怪物は鎧でかためた尾を、鞭(むち)のように振り、〜」
<内 容>
微妙な省略と、あと一点。「一行は後退しながら、またライフルを発射」とありますが、取り敢えず原文にはそう書かれてはいません。もちろん確信はありませんが、恐らく「銃が鳴った」の射手は、トラヴィスとレスパランスではないかと。そのすぐ後の部分に、「トラヴィスとレスパランスは、とめどなく悪態をつきながら、まだ硝煙の上がるライフルを持って、つっ立っている」とありますが(因みに「林檎」は「悪態」のくだりを省略。)、ハンター二人はその元気も無いようで・・


(29)「林檎」P190最終行〜P191 ll.3
「一行はヘルメットの血を拭いた。怪物は小山のように横たわっていた。耳をすませば、刻々と死に捉えられて行くその内部のためいきやつぶやきが、かすかにきこえてくるのだった。それは、仕事を終わって、バルブを閉じ、レバーを上げた蒸気機関車の音に似ていた。骨が軋む音。何トンもの重さの肉が、バランスを失って、ふるえながらせめぎあう音。」
<原 文>
“They wiped the blood from their helmets. They began to curse too. The Monster lay, a hill of solid flesh. Within, you could hear the sighs and murmurs as the furthest chambers of it died, the organs malfunctioning, liquids running a final instant from pocket to sac to spleen, everything shutting off, closing up forever. It was like standing by a wrecked locomotive or a steam shovel at quitting time, all valves being released or levered tight. Bones cracked; the tonnage of its own flesh, off balance, dead weight, snapped the delicate forearms, caught underneath. The meat settled, quivering.”
<対照例>
「一同はヘルメットについた血を拭い取った。ハンターたちも悪態をつき始めた。怪物は硬直した肉の丘になって横たわっている。奴の身体の深奥にある小室が死に絶え、各器官が機能不全に陥り、液体がくぼみから嚢へと、そして脾臓へと、最後の流れを作り、何もかもが永遠の停止へと閉じていくにつれ、内部からは、溜息や、呟きが聞こえてくるのだった。まるで大破した機関車か、停止中の蒸気掘削機の脇に立っているようなもので、あらゆるバルブは「開放」か、「閉」のどちらかだ。骨が砕けた―自分の肉の重みが、バランスを失い、華奢な前脚をぽきりと折って、肉の下に埋めた。顫(ふる)(ふる)えながら、肉の動きがおさまった。」
<内 容>
とりあえず省略部分です。”levered tight”が今ひとつ分かりませんが・・「ウ」ではその部分は省略、「恐竜」では、省略は無し、当該部分は「すべてのバルブがゆるみ、解放されてゆく」とあります。


(30) 「林檎」P191 ll.4-5
「別の何かがバシッと音を立てた。頭上の巨大な木の枝が、折れて落ちてきたのだ。それはちょうど、死んだけものの頭上に落ちてきた。」
(30)’ 「恐竜」P111 ll.11-12
「またひとつ、ぼきりという音。頭上で、樹木の巨大な枝がその根もとからへし折れ、落ちてきた。枝は動かない怪物のからだを直撃し、とどめをさした」
<原 文>
“Another cracking sound. Overhead, a gigantic tree branch broke from its heavy mooring, fell. It crashed upon the dead beast with finality.”
<対照例>
「別のぼきりという音。頭上で、巨大な樹の枝が、堂々たるよりどころから折れ外れて、落ちてきた。枝はすさまじい音で死せる獣の上に落ち、事件を締めくくった。」
<内 容>
「林檎」ですが、一応、本来はこの枝単独で致命傷になる予定だった訳ですから、もう少々「重ため」な表現でもよろしいかと。
⇒一方、「恐竜」の「とどめをさした(“with finality”)」なんですが、白状しますと、自家版を作った当初、何の気なしに小生も「とどめをさした」と書いておりました。しかし・・・「死せる生物にとどめをさす」、という日本語はあり得ない。というわけで、当時、生物の生死そのものを話題にする局面で、”dead”を「こときれてはいないが、(死んだように)動かない」の意で使えるのかどうか、各辞書を調べましたが、少なくとも拙宅の辞書群に依れば、それは無理。従って、対照例のように修正しておりました。「恐竜」では「dead = 動かない」としておられますけれども。
⇒なお、「ウ」は・・・「もうひとつぱちんという音が聞こえた。頭の上の、樹の巨大な枝が、ぶらぶらと幹につながっていたところからもげて落ち、その死んだ獣の上に小気味よくぶつかった。」とあります。「ぶらぶらと幹につながっていた」は、”mooring”が船などの係留具(ロープ、鎖など)を指すことが根拠になっていると思われますが、妥当かどうかは不明。


(31)「林檎」P193 ll.12-13
『トラビスはぴくりとも動かないエッケルスの身体をつついた。「大丈夫だ〜」』
<原 文>
“Travis nudged the still body. “He’ll live.〜”
<対照例>
『トラヴィスは、ぴくりとも動かない身体を靴で小突いた。「まあ、生かしといてやろう。〜」』
<内 容>
トラヴィスが立ったままなのか、跪いているのか不明なので、どちらとも。一方、”He’ll live.”なんですが、小生としては、この後のマシンの中でのトラヴィスのセリフ”I’m warning you, Eckels, I might kill you yet. I’ve got my gun ready.”から推して、”He shall live.”の意に読んでいたのですが、お三人とも「彼は生きるだろう」の意でお読みになっている模様・・いかが思われますでしょうか?


(32)「林檎」P195 ll.1-3
「エッケルスはあたりの空気の匂いを嗅いでいた。空気には何かの変化が感じられた。その微妙な、かすかな化学的変化は、感覚の末端が遠くで叫ばなければ気がつかぬほどの変化である。白、灰色、青、オレンジ、いろんな色。壁紙に、家具に、窓の向こうの空に・・何か・・一種の感じがあった。エッケルスの肉はひきつった。その手もひきつった。異常さを肉体の毛孔で飲みこむようにしながら、エッケルスは立っていた。どこかで、だれかが、犬にしか聞き取れぬ口笛を吹いている。エッケルスの肉体は、それに応えて耳に聞こえぬ金切り声をあげた。」
<原 文>
“Eckels stood smelling of the air, and there was a thing to the air, a chemical taint so subtle, so slight, that only a faint cry of his subliminal senses warned him it was there. The colors, white, gray, blue, orange, in the wall, in the furniture, in the sky beyond the window, were . . . were . . . . And there was a feel. His flesh twitched. His hands twitched. He stood drinking the oddness with the pores of his body. Somewhere, someone must have been screaming one of those whistles that only a dog can hear. His body screamed silence in return.”
<対照例>
「エッケルスは立ちつくして、空気の匂いを嗅いでいたが、空気には化学薬品の残り香があり、あまりに不明瞭で、あまりに微かなので、意識下の感覚があげる弱々しい叫び声だけが、その存在を彼に警告しているのだった。色彩、白、灰色、青、オレンジ、壁に映える、未来の世界で、窓の向こうの空、それらには・・・それらには・・・。ある感触があった。身体がぴくぴくと動いた。手も、ぴくぴくと震えた。身体中の毛穴と一緒に、エッケルスは、立ったまま、その異様さを飲み込んでいた。どこかで、誰かが、あの、犬だけに聞こえる笛のように、ずっと金切り声で叫んでいるに違いない。お返しに、彼の身体は静寂を叫んでいた。」
<内 容>
かなり微妙ですが、少々違和感が。「ウ」のこの部分の前半に比べれば、妙技ですが。


(33)「林檎」P196 ll.5-6
「その微妙な生きものは床に落ちた。時間の彼方にあって、初めはごく小さなバランスを、次には大きなバランスを、やがては巨大なバランスを次々と狂わせた、この小さな生きもの。」
<原 文>
“It fell to the floor, an exquisite thing, a small thing that could upset balances and knock down a line of small dominoes and then big dominoes and then gigantic dominoes, all down the years across Time.”
<対照例>
「そいつが床に落ちた―見事な細工、ほんの小さなもの、均衡を乱し、小さなドミノの列の最初の一枚を倒し、次に大きなドミノ、次に巨大なドミノ、と、『時』を渡って、全てをなぎ倒したもの。」
<内 容>
とりあえず「ドミノ」は出したかったかな、というわけで。「恐竜」も「ウ」もドミノしてますが、「ウ」の、「それは小さいながらも、これまでの全時代にわたってさまざまな釣合を狂わせ、小さいドミノからやがて大きなドミノ、更に巨大なドミノ遊技の組み合わせをこわすことができたのだ。」はちょいと変でしょうか・・。


※以上、またもや、とてつもなく冗長になってしまいました。「恐竜」と「ウ」を引っ張り出したまでは良かったのですが、コントロール不能になった模様で(汗)。結局、「恐竜」と「ウ」の検証は片手間になってしまいましたので、また何か気付けば、追加でご報告したいと思っております。
※なお、本来は、「恐竜」や「ウ」の折角のご訳業を<対照例>として引くつもりだったのですが、本からタイプするのが億劫になり、つい、出来の悪い自家版をコピーしてしまいました。お詫び申し上げます。それでは、宜しくご教導のほどを。


[338] 「形勢逆転」(『刺青の男』所収) 投稿者:haro 投稿日:2005/11/02(Wed) 23:40:49

誤訳と名人芸を拾ってみました。

◆誤訳
P58 下l1(銀背HSFSの頁・行で表示)
全部よせ集めても、せいぜい五千人しかおりません。

I don’t think there are more than five hundred thousand people left in the world, …

⇒全部よせ集めても、せいぜい五十万人しかおりません。

(ケアレスミス)


◆名人芸

, and perhaps he saw but did not see the guns and the ropes, and perhaps smelled the paint.

銃やロープは見えても見えないのだろうか。ペンキの匂いには気がついただろうか。

(perhaps は「あるいは〜かも知れない」といった等式が与えられているため、頻出する割に落ち着いた日本語になりません。その点思い切って疑問の形にするという技は素晴らしいと思います。例えばPerhaps that’s true.は辞書では「あるいはそれは本当かも知れない」などが訳例になっていますが、小笠原式だと⇒「それは本当だろうか」となり自然な日本語になります。)


[338へのレス] Re: 「形勢逆転」(『刺青の男』所収) 投稿者:理系の男 投稿日:2005/11/03(Thu) 09:59:50

定評ある小笠原訳に挑戦とは、無謀、いや、その勇気に感服いたしました。
うろ覚えですが、雑誌の対談記事で小笠原氏か川本氏が、「小笠原訳は(分からないところを?)すぱっと省略している」というようなことを発言していました。ぜひその省略部分を中心にご指摘下されば、RB鑑賞の一助となるやに思われます。これまでざっと見たところ、小笠原氏は、原文を一旦咀嚼したのち、原文との一対一対応を気にせずに自分の日本語を書いているような気がします。一方、宇野氏は、できる限り逐語訳をして、座りの悪いところや意味の通じにくい所を(それは誤訳や文化の違いに基づくものが多い)創作に近い自由訳をして、滑らかにしてしまう、という感じです。例の某氏は、出来の悪い学生に下訳をさせ、その誤りを直す能力もなかったということですか(爆)。さて、大久保訳は?


[323] 「大火事」の翻訳について 投稿者:haro 投稿日:2005/10/19(Wed) 22:58:14

省略と誤訳(と思われる)箇所を書き留めてみました。


@p205 上l18 (銀背HSFSの頁・行で表示)
だが翌朝、パパがベッドを離れるか離れないかに、街路から、猛烈な警笛の合図がきこえ、マリアンはただちに階下へ駆けおり、食堂へ入って二秒間で朝食をたべ終え、玄関のドアをばたんと鳴らして外に走り出た。

But next morning he was on the edge of his bed when he heard the hot-rod’s thunderous muffler and heard Marianne fall downstairs, linger two seconds in the dining room for breakfast, hesitate by the bathroom long enough to consider whether she would be sick, and then the slam of the front door, ...

⇒だが翌朝、ベッドの端っこにいたパパの耳には、改造車のエンジンの爆音がきこえ、マリアンはただちに階下へ駆けおり、食堂へ入って二秒間で朝食をたべ終え、化粧室では充分時間をかけ顔色が不健康そうに見えないようにしてから、玄関のドアをばたんと鳴らして外に走り出た。

(the hot-rod’s thunderous mufflerは素直に訳して欲しかった。また翻訳は13語省略。テンポを大切にしたんでしょうが、朝食2秒でもお化粧には時間をかける年頃の女の子の描写は残したい)


Ap205下l5
「刺繍か」

“Doilies,” he said.
“What?” said Mother.
“Dooley’s,” said Father. “I’m going down to Dooley’s for a morning visit.”
“But Dooley’s isn’t open until ten.”
“I’ll wait,” decided Father, eyes shut.

⇒「刺繍(ドイリー)か」
「どうなさったの?」とママが訊く。
「ドゥーリーだ。今朝はドゥーリーの店に行く」
「10時開店ですよ」
「では開くまで待つさ」パパはそう決めて目を閉じる。

(翻訳は4行省略。遅れて起きてきたママとの苦い会話も味があります)


Bp205 下l6
その夜、そして次の日から七日間にわたって毎夜のように、ポーチのスイング・ドアが、あいたり、しまったり、前後に揺れて、かすかな唄を歌った。
…ポーチのスイング・ドアは、キイと軋っては、…
…「スイング・ドア」と、葉巻にむかって囁き、耳をすました。

That night and seven other wild nights the porch swing sang a little creaking song, back and forth, back and forth...
The porch swing creaked...
“My swing,” he whispered to his cigar, looking at it. “My house.” He listened for another creak.

⇒その夜、そしてそれに続く素敵な七夜にわたって、ポーチのぶらんこは、前に後ろに、前に後ろに揺れて、かすかなキイと軋む唄を歌った。
…ポーチのぶらんこがキイという。…
…「私のぶらんこ」と、葉巻にむかって囁き、それを見つめる。「私の家」パパは次のキイという音を聞こうと耳をすませた。

(決定的な誤訳は、swing (ぶらんこ)を swing door としたこと。カップルが乗るポーチのぶらんこの前後の振れる音(あるいは無音)にやきもきする叔父の描写がこの小説のキモなのに、ドアを通過していることにされては艶っぽさが消えてしまいます。
Mugnaini の挿絵にはぶらんこが描かれていないって? 初出 Seventeen 誌の Doris Lee の見開きのカラー挿絵には黄色いぶらんこがでかでかと描かれています)


[305] 翻訳談義 投稿者:理系の男 投稿日:2005/09/13(Tue) 22:52:02

細かい各論はさておき、総論も大事かと思い、最初にちょっと私見を述べさせてください。
 今回この無謀な「私家版十月」を思い立ったとき、翻訳に関しては、次のような基準をたてました。

1.事実関係の描写については、既訳の誤りを正し、極力正確を期す。

例えば、「こびと」の人混みや「びっくり箱」の寝返りなど。これは異論のないところでしょう。これがやりたいために始めたようなものです。はろさまからも、根幹にかかわる誤訳がいくつも指摘されていますし、このHPに晒せば、ほぼ事実誤認は一掃出来るのではないかと。

2.成語的なものについては、相当するこなれた日本語があっても採用せず、できるだけ直訳に近いものとする。

例えば、「こびと」の稿の2番では「後略」としてしまいましたが、宇野氏はHe'll be here, rain or shine.を「雨が降ろうと、ヤリが降ろうと、かならずやってくるんだ」と訳しています。ラルフが日本人ならきっとこう言ったでしょうが、わたしはこれは訳しすぎとおもいます。落書きボード5405にも書きましたが、いくらぴったりした状況でも、英米文学の訳に「四面楚歌」「覆水盆に返らず」「門前の小僧習わぬ経を読む」などの言い回しをつかうべきではない。据わりが悪くとも、かの地では(もしくはRBは)こういう風に形容するのか、ということが分かるようにしたいのです。できれば、註を入れずに。
 しかし、Dime a dozen, drug on the marketには参りました。私は、原文で読んだ瞬間は、「薬九層倍」という成句が浮かんで、「10セント貨一掴み稼ぐのだって、サーカスに雇ってもらえなけりゃ、怪しげな薬でも売るしかないさ」という意味だと思ったのですが、その次の瞬間、宇野訳を思い出して、「そうか、麻薬をサバくのか」と思ってしまったわけです。Greentown様のご指摘を受けて調べてみますと、確かに両方の言い回しは「大した値打ちのないもの」の意とか。
http://www.goenglish.com/ADimeADozen.asp
http://www.answers.com/topic/drug-on-the-market
ただ、「供給過剰で、無理しなくてもすぐ手に入るもの」という感じが強く、積極的な差別を受けると思われるこびとの求職状況を形容するのにはちょっとずれているような気がしないでもない・・・とにかく、今回の原則(直訳指向)を当てはめようとしても、前者は良いとして、後者は困る。上記サイトによれば、この場合のdrugはmedicineと違って、「本当に効くかどうか分からない怪しげな薬」を意味するらしいので(なら私の第一感に近い、と自画自賛してみる)、そのようなニュアンスを入れるべきか、と考えました。

ノ where in hell in the world today can a dwarf work? Dime a dozen, drug on the market, outside of circuses."

試訳:いまどき、あんなこびとにまともな仕事なんてものがあるわきゃねぇだろう?サーカス以外じゃ、十セント貨一掴みにもならん、そこらの薬屋に店ざらしになっている怪しげな薬みたいに、いつお声がかかるかもわからんよ。

・・・明らかに訳しすぎですが、直訳では意味不明、意訳では原文のムードを伝えられません。悩みどころです。

3.男女の言葉遣いは区別するが、she said, he saidの類は省略しない。

これは議論の分かれるところでしょう。英米文化を尊重するなら、一人称や語尾を男女で変えるべきではないのですが、それではちょっと小説になりません。英文でshe said, he saidが頻出するのは、言葉遣いからは誰がしゃべっているか分かりづらいと言う理由が大きいのですが、これを逐語訳すると日本語では確かにうるさい。うるさいが、「翻案」でなく「翻訳」なのだと割り切るしかないと思うのです。
困るのが、教養の低い人物が話す文法無視の英語の訳。ラルフも文法無視の英語を使ってますが、これは、がさつな言葉遣いで表すとして、いずれ直面するのがThe jarの訳。宇野氏は登場人物の会話に「〜ですだ」「ちげぇねぇ」などの田舎言葉を混ぜていますが、総じてみな立派な言葉遣い、教養のある人々の哲学的議論のような雰囲気を漂わせています。ところが、原文を読んでみると、まぁ、むちゃくちゃな英語。到底深遠な議論ではありません。これをあらわすのに、よくある「黒人が東北弁をしゃべる」類の訳は、カリフォルニア出身者に関西弁をしゃべらせるのと同じ程度に変ですからやりたくないのですが、代案がない。思い出すのは、江戸落語に出てくる田舎者(権助などという名がついている)は、地域特定不能の方言をしゃべります(東北弁と静岡弁を合成した感じ)。これは、「田舎者」の「お約束」なのですね。地方出身者蔑視は良くないことですが、厳然として存在した(する)ことは事実で、避けて通れません。単純に文法を無視した日本語に置き換えても、あのニュアンスは伝えられないし・・・

4.宗教関係の言葉はできる限り残したいが、省略もあり得る。

これは、前言と矛盾してしまうのですが・・・
 実際、英語では、やたら神様を持ち出すので、「神様関係」の語を全部訳してしまうと、狂信者同士の会話のようになって非常に耳障りです。日本人なら、「えぇっ?」「うわぁ、ひどい」ぐらいの反応でも、Oh, God, Oh, my god, Good lord, Gosh, Oh, my goodness, など色々あって、それぞれの言葉の宗教色には濃淡があるものの、発言者の信心の度合いに違いは感じられない(少なくとも日本人には)。くしゃみをすると、英米人からはgod bless youと声を掛けられるが、確かに「神のご加護を」なんだけれど、日本人が「誰か噂してるな」と言うのと、ノリは大差ない。その後の会話の展開が異なるので、まさか「噂してるな」とは訳せない。一方、「神のご加護を」では、なにか、危ない団体に勧誘されそう。折衷案として、「お大事に」ぐらいなんだろうけれど、最初に立てた原則には違反してしまう。一方、宗教色を残しながら日本的にしようとしてOh, my godを「おそろしや、なんまんだぶ、なんまんだぶ」なんて訳したらぶち壊しもいいところ(実際どこかで読んだ記憶が・・・)。悩みはつきませんが、場合によるとしか言いようがないです。What he does for entertainment on nights when business is good, God knows.のGod knowsを宇野氏はとばしていますが(16ページ)、わたしは、「神のみぞ知るさ」と入れたいです。でも、そのすぐ後のHe ain't got no friends, and even if he did he couldn't ask him to buy him a thing like that. Pride, by God, pride.中のby Godを、「神」を加味して訳すのは至難の業。前項ではろさまご指摘の部分 メGod deliver me from do-gooders, Aimeeモがまさに好例。わたしは、できるだけ直訳に近く、「神」の雰囲気を入れたいところなのですが・・・

以上、悩みどころを挙げましたが、所詮は好みの問題かという気がします。


[300] 「こびと」の問題訳 投稿者:理系の男 投稿日:2005/08/25(Thu) 19:54:29

このたび、私家版October Countryを目指し、「こびと」から訳し始めましたが、宇野訳とつきあわせてみると、いきなり問題訳の山。私は理系なので(笑)微妙な解釈の違いの問題は措くとして、内容が違ってしまうものに関しては、RB氏の名誉のためにも、読者諸氏の鑑賞のためにも、指摘しておくべきと思い、筆をとりました。なお、ネタバレ満載ですので、未読の方は是非本編を読まれてからどうぞ。

まず、名前のことから。宇野氏はRalphをレイフ、Aimeeをエイメーとしています。
 Ralphは、以前別項で論議したように、少なくともイギリスではレイフでも構わないようです。例えばイギリスの作曲家Ralph Vaughan Williams(1872-1958)は、自分がラルフと呼ばれることを嫌い、Rayfと自称していた、とのこと(→URL)で、レイフという読みにはそもそも無理がありそう。折口信夫をのぶお、と読むな、しのぶとよめ、っていわれても(これも、本名はのぶおらしいがhttp://www.toyama-cmt.ac.jp/〜kanagawa/pen-name/a.html)、普通、**信夫という名刺をもらったら、のぶお、と読むのが第一選択でしょう。
 とにかく、これはアメリカの小説なので、素直にラルフにしたい。
 一方、エイメーは、いくらなんでも無理。アイミー、もしくはエイミーでしょう。歌手のAimee Mannはエイミー、アイミー両方の場合がみられます。実際、アとエの中間ぐらいか。Aimeeという知り合いはいなかったが、Aileenという知り合いがいて、アイリーンに近い発音だったので、ここではアイミーを採用します。

さて、冒頭は単純だが重大なミス。

1.She stepped inside the ticket booth and stood looking a long while at Ralph Banghart's thin neck.
エイメーは入場券売場に入り込んで、ながいあいだ、レイフ・バンハートのふとい首筋を見おろしていた(訳書11ページ)

(コメント) thick -> thin 似てるけど、間違えないでほしい。これで、私のこれまでのラルフのイメージ(脂ぎった筋肉質の男)は吹っ飛んでしまった(泣

→彼女は切符売りのブースの中に歩み入ると、ラルフ・バンハートの細い首筋を、長いあいだ立ったまま眺めていた。

2. "Him and his secret. Only he don't know I know, see? Boy howdy!"
"It's a hot night." She twitched the large wooden hoops nervously on her damp fingers.
"Don't change the subject. He'll be here, rain or shine."
「彼とその秘密。そいつをおれが知ってるのをあの男は知らないんだ。これがすてきな見ものでね。たしかに、あいつ、頭がおかしいんだ」
「夜になってもこの暑さでは、だれだって、いいかげんおかしくなるわ」
と彼女は、大きなフープを、汗ばんだ指で神経質にまわしながらいった。
「はぐらかすんじゃないぜ。(後略)」 (訳書12〜13ページ)

(コメント)たぶん、Boy howdy!が分からなかったために意訳しようとして失敗したのでしょう。これでは、彼女は話を合わせているのに、はぐらかした、と非難されていて、変です。Boyもhowdyも、単なる掛け声のスラングで、頭がおかしいなどの意味はないはずです。アイミーの言葉は、単に「今夜は暑い」といっているだけ(実際はぐらかしている)で、訳文のようなニュアンスは全くありません。

→「奴のこと、そして奴の秘密だ。奴は俺が知っているとは思っちゃいまいがね。ええ?おまえさん、知ってるかよ?おい」
「今夜は暑いわね」彼女は汗ばんだ指に掛けている大きな木の輪をいらついた様子で引っ張った。
「話をそらすなよ。(後略)

3."Ralph," she said, "why don't you sell him one of your extra ones?"
"Look, Aimee, do I tell you how to run your hoop circus?"
「レイフ」彼女はいった。「余分なのがあるじゃないの。売ってやったらどう?」
「おい、エイメー、商売上、予備もとっておく必要があるんだぜ」(訳書16ページ)

(コメント)訳文にはまったく違和感がないですが、原文を見ると変。実は、訳本からはアイミーがなぜ木の輪を持っているのか曖昧だった(よく考えもしなかった)のですが、原文を読んで、彼女は、別の見世物小屋で、輪投げを担当しているのだということがはっきり分かりました。あとで、「私たちが働いている見世物小屋」というのがでて来るので注意していれば気づくのですが、印象が薄く、初読のときは近所に住んでる女友達だと思ってました。hoop circusというのが、客が輪を投げて景品を取るゲームなのか、アイミーが技を客に見せるのかよく分からないので、うまく訳せませんが、前者なら 
→「おっと、アイミー。俺が君の輪投げ商売について、やり方を教えたりするかい?」
後者なら
→「おっと、アイミー。俺が君の輪投げの芸について、やり方を教えたりするかい?」
でしょうか。

4.He sat up and screwed a dim light bulb into the dressing table socket.
といいながら、おきあがって、化粧机の上のうすぼんやりした電灯をつけた。
(訳文18ページ)

(コメント)たいしたことじゃないんですが、ラルフの怠惰な生活ぶりを際立たせるのに、スイッチを使わず、電球をゆるめて消しているという描写は訳してほしかったです。

→彼は半身を起こし、薄暗い電球を鏡台のソケットにねじ込んで点した。

5.It's got all the guns and tough people, but it's told by a dwarf. I bet the editors never guessed the author knew what he was writing about.
ピストルとタフ・ガイがいっぱい出てくるの。しかも、これを書いたのは、こびとなのよ。編集者だって、この作家自身が、自分の書いていることを承知しているとは思わないでしょうね。(訳文19ページ)

(コメント)誤訳とはいえないかもしれませんが、このままでは文意がよく伝わりません。最初の2文では、「彼はこびとというハンディをしょいながら、よくこんな活劇を書けたものだ」という風にとられてしまうし、後半の文では、編集者がこの小説を掲載に値すると判断したのが不思議に思えてしまいます。彼女が言いたいのは、「作品はこびとが語った形式だが、作者自身が本当にこびとだなんて、編集者も想像の外だろう」ということですね。素直に訳せば、すっきりします。

→銃やタフガイがあふれているお話だけれど、語り手自身がこびとなの。私はね、著者がどんな思いでこれを書いていたかなんて、編集者はまったく知らなかったと思うわ。

6.Only now do I see the magnificent size of my parents' psychosis! They must have dreamed they would live forever, keeping me like a butterfly under glass.
いまにしてぼくは知るのだが、それこそ、ぼくの両親の、巨人にまさる精神のあらわれだった!パパとママとは、ぼくたちが、そこに、永遠の生を送れるものと考えていたのだ。顕微鏡の下の蝶のように、ぼくを愛情にひたらせながら・・・(訳文20ページ)

(コメント)致命的。psychosisに「偉大な精神」の訳語を当てる余地はなく、「精神異常」以外ありえません。流れが破壊されているので、原文を当たる前から気になっていたのですが・・・また後段で、確かにglassは顕微鏡や望遠鏡と訳せますが、「顕微鏡の下の蝶のように、ぼくを愛情にひたらせ」(???)は無理でしょう。そもそも原文には「愛情」はなく、もっぱら「標本箱の蝶」のように我が子をしまいこもうとする狂気しか感じられません。

→今考えてみると、それは両親の壮大な狂気の現れであったことが分かる。二人はきっと、私をガラスケース内の蝶の標本のようにしまい込んで、永遠に生き続けることを夢見ていたに違いない。


7.And then, a month ago, the Persecutor came into my life, clapped a bonnet on my unsuspecting head, and cried to friends, 'I want you to meet the little woman!' "
(前略)いなり頭に縁なし帽をかぶせて・・・・(訳文21ページ)

(コメント)稲荷頭?(笑) 単なる誤植です。いなり→いきなり

8."I don't like that shrewd look you're getting on,"
「へんな目つきをするな。うす気味がわるい」(訳文23ページ)

(コメント)ラルフの発言。ううむ。そうとれないこともないですが・・・shrewd は、普通、「抜け目のない」という意味で使われますし、get onは「親しくする」とするのが素直か。すると、これはアイミーのことを言っているのではなく、こびとに対する悪口(that shrewd look)であって、次のように訳したくなるんですが。

→「あいつ、なんか小ずるそうな顔してねぇか?そんな奴と親しくするのは、感心しないがなぁ」

9."Remind me not to come to your place for drinks any more. I'd rather go with no people at all than mean people."

「なんとでもいうがいいわ。2度ともう、こんなところへ遊びにきてやらないから。これからは、かわいそうな人たちとつきあうんだわ」(訳文26ページ)

(コメント)これは、基本的な構文なのに、どうしたのでしょうか。どこに「かわいそうな人たち」(こびとのこと?)という語があるのでしょうか。ただし、Remind meのところ、直訳すると、日本語にならなくなるので難しい。

→「もう、あんたのところへ行って飲んだりするつもりはないって、念を押しとくわ。くだらない人間と出かけるよりは、独りでいるほうがずっとましよ」

10.She sat in the booth for a full minute and then suddenly shivered. A small clock ticked in the booth and she turned the deck of cards over, one by one, waiting. She heard a hammer pounding and knocking and pounding again, far away inside the Maze; a silence, more waiting, and then ten thousand images folding and refolding and dissolving, Ralph striding, looking out at ten thousand images of her in the booth.
彼女は入場券売場の番をしていたが、なぜか、ぞっとした。売場の中の小さな時計が音を立てている。しずかになったので、なおも待っていると、やがてまた、一万もの影が、浮かんでは消え、浮かんでは消えーレイフが大股にもどってきた。売場の中でも、彼女の影が、一万もの数に分かれて、映っている。(訳文26ページ)

(コメント)これは奇妙です。原文のand she turnedからinside the Mazeまでが完全に抜けています。難しい文ではないので、うっかりとばしてしまったのでしょうか。この部分こそが、彼女に不安をかき立てる原因になるのですから、重要な伏線が欠けてしまいました。「しずかになったので」の前で聞こえていた音は時計だけなので、これでは、時計が止まったことになってしまいます(爆

→彼女は1分ほどブース内に座っていたが、急に寒気を覚えた。ブース内の小さな時計がコチコチと音を立てる中、彼女はトランプの一山を上から1枚1枚ひっくり返しながら待っていた。遥か彼方、迷路の奥から、ハンマーの強打する音が聞こえ、続いて軽打する音、また強打する音。そして沈黙、さらに待つことしばし。そしてついに、大またに歩くラルフの像、一万ものイメージが、折れたり伸びたり溶けたりしながら浮かび上がってきて、ブース内に座る彼女の一万ものイメージに合流した。

11.Her right eye began to twitch a little. She folded and unfolded her arms.
彼の右目が、かすかにひきつっている。女は女で、腕を組んだりといたり、同じ動作をくりかえしている。(訳文27ページ)

(コメント)単純ミス。彼→彼女。ただ、「女は女で」という後ろの1文からみて、誤植ではなく、訳者自身の見間違いでしょう。

12.He held up a hand. "I'm calm."
She waited for a roll of thunder at sea to fade away.
"I just don't want you mad, is all. I just don't want anything bad to happen, promise me."
と、片手をあげて見せて、
「このとおり、冷静そのものだ」
沖で雷が鳴って、消えた。
「だから、きみにも落ちついてもらいたいね。くだらなく動きまわると、ろくなことがないんだぜ、約束してくれるね」(訳文28ページ)

(コメント)訳文では不自然さを感じさせませんが、それは「だから」とか、「きみにも」とか、「くだらなく動きまわると」など、原文にはないニュアンスを加えて訳しているためです。つじつま合わせの絶妙の技ですが、原文を読むと、男女が入れ替わってしまっているのがすぐ分かります。She waited for a roll of thunder at sea to fade away.をちゃんと訳しておけば、このような間違いはしなかったでしょう。下のように訳しなおすと、すっきりとします。

→彼は掌を持ち上げてみせた。「俺は冷静さ」
 彼女は、海から響いてくる雷鳴が消え去るのを待っていた。
「私は、あんたに変な気を起こしてもらいたくない、それだけよ。いやなことが起こってほしくないの。約束して」

13.Waddling along the lonely concourse, under the insect bulbs, his face twisted and dark, every movement an effort.

人混みをかき分けるのに苦労しながら、豆電球をくぐって、ひとり、こきざみな足取りで近づいてくる。暗い表情の顔が、いっそうさびしくひきつっている。(訳文28ページ)

(コメント)こびとが現れたクライマックスの場面。これは、後のものと関連して、罪の重い誤訳。この物語全体を通して、人の少ない寂れたカーニバルという状況があり、かつ、こびとは客足の絶えた閉館近くにやってくるはずです。RBは繰り返し、波止場に人が絶えている状況を描写しています。歩くのに苦労するほどの人混みがあるはずがない。実際そうなら、こびとが遠くからやってくるのが見えるはずもないでしょう。確かにconcourseには群集や人混みの意味もありますが、ここは(既に日本語になっている)広場もしくは大通りです。第一、「人混みをかき分けながらひとり」って、なんだろう?こびとに連れがあるはずないですよね。「いっそうさびしくひきつっている」(??)そりゃ無理というもの。every movement an effortは、内心の葛藤が動作を堅くしているためでしょう。

→小刻みな足取りで人けのない広場を通り、昆虫電球の下をくぐってくる彼の顔は、歪んで暗く、すべての動作が大儀そうであった。

14. "Ralph," she said. "God, why did you do it?"
"Aimee, come back!"
「レイフ」と、彼女はいった。「どうして、こんなことをしたの!」
「エイメー、戻ろう!」(訳文31ページ)

(コメント)シェーンではないけれど、Aimee, come back!とくれば、戻って来い、かえって来い、でしょう。アイミーはラルフをおいて迷路からとびだし、ラルフが必死に後を追うという明白な状況なのに、これでは二人仲良く連れだって迷路から出て行くことになってしまいます。

→「ラルフ、」と彼女は言った。「おぉ神様、何であんなことしたの!」
「アイミー、戻って来い!」

15."Hey, any you see a little guy just now? Little stiff swiped a pistol from my place, loaded, run off before I'd get a hand on him! You help me find him?"

ちっちゃな男を見かけなかったか?あのチビ、おれのところから、ピストルをもちだしやがった。もうすこしでつかまえられたんだが、するぬけて逃げていった!手をかしてくれ。つかまえないと大ごとだ!」(訳文31ページ)

(コメント)Loadedが訳されてません。これがあるのとないのとでは緊迫感が違います。弾をこめて、ですね。その代わりと言ってはなんですが、何故か訳文には原文にない一文が最後に加えられています。

16."Aimee, where you going?"
She looked at Ralph as if they had just turned a corner, strangers passing, and bumped into each other. "I guess," she said, I'm going to help search."
「エイメー、どこへ行くんだ?」
彼女はレイフを見た。
ちょうど、かどをまがるところで、通りがかりの男たちと、はげしい勢いでぶつかった。「さがすの、手伝うのよ」(訳文32ページ)

(コメント)これは、英語のテストだったらみっちり絞られる筈。as if を見落としたという言い訳は通りません。前述のように、人通りが途絶えた寂しい波止場なのですから、いきなり角からいっぱい客が現れてどうするんですか(笑)。訳本に基づいて私の頭の中で映像化されていたクライマックスの場面は、まだ客が一杯うろついている見世物小屋の間をアイミーやラルフや、その他大勢が駆け回っている、というものでしたが、原文を読んで、群衆が一気に消え失せました(泣

→「アイミー、どこへ行くんだ?」
彼女はラルフを眺めた。まるで角を曲がった途端にぶつかった見知らぬ人どうしでもあるかのように。「わたし・・・さがすの、手伝おうかと思うの」

17.He scowled at the blazing mirror.
A horrid, ugly little man, two feet high, with a pale, squashed face under an ancient straw hat, scowled back at him.
眉をひそめて、ぎらぎら光りかがやいている鏡をみつめている。
いやらしく、みにくいこびと、二フィートほどの身の丈で、青ざめた、つぶれたような顔が、古ぼけた麦わら帽の下から、彼をにらみつけている。(訳文32〜33ページ)

(コメント)最後なので、解釈上の問題を1つだけ。訳文では、超自然的なことが起こって、ラルフがこびとに変身してしまっているのが明瞭に示されています。ところが、原文を読むと、必ずしも「こびとdwarf」とは言っていません。little manです。仮定の話ですが、もし原文を先に読んでいたら、riddle storyのように、曖昧な余韻が残っていたでしょう。ここにかかっている鏡は、素直な平面鏡ではありません。実際、本編の冒頭で、迷路の入り口の鏡(多分同じもの)に、アイミーの姿が歪んで映っている場面があります。混乱した状況の中で、彼らの罪悪感が、鏡の像を超現実的なものとして錯覚させていたという解釈(こういってしまうと、京極夏彦調で、実も蓋もないですが)も成立します。とにかく、原文は露骨な変身描写を避けているのだ、といえないでしょうか。私がここを訳すなら、「こびと」の用語は避け、「小さな男」にしたいところです。

**********

宇野訳は、直訳調ではわかりにくい部分に絶妙な補足を入れて、名人芸なのですが、元の解釈にミスがあると、かえって傷口を広げてしまうようです。もっとも、大西某とでは、天と地の違いがありますがね。大西訳のように、「全く違う話を読まされてしまった!」という怒りは感じませんが、皆様の鑑賞の一助になればと、敢えて指摘させて頂きました。「つぎの番」編に続く(笑)

http://www.geocities.co.jp/MusicHall/6119/museum/vaughan/


[300へのレス] Re: 「こびと」の問題訳 投稿者:haro 投稿日:2005/08/28(Sun) 00:37:46

ありがとうございます。文章は流れているのですが、たまに原文とは違うところに連れて行かれてたんですね。無人の波止場で人混みをかきわけるとはSFですねぇ(笑)。

p25l14
銀のコルネットみたいに、好きなときにケースから出して、調子をあわせて、またしまいこむ。
Like a silver cornet. Take him outa his case any old hour, play a tune, stash him away.

⇒銀のコルネット(トランペットより小さい金管楽器)みたいに、好きなときにケースから出して、一曲吹いて、またしまいこむ。

p26l10
「おれは、きみという社会改良家から逃げ出したくなったよ」
“God deliver me from do-gooders, Aimee”

⇒「小さな親切大きなお世話だぞ、アイミー」

(直訳すると、「神よ、{軽蔑的に}慈善家から我を救いたまえ」という感じでしょうから訳文でもいいと思いますが、次に「うるさいわね。だまんなさいよ!」とアイミーを激怒させているので、嫌らしい表現にしてみました)


>17.He scowled at the blazing mirror.
>訳文では、超自然的なことが起こって、ラルフがこびとに変身してしまっているのが明瞭に示されています。

ここは鏡のひとつに投影された矮小化されたラルフの姿と解しました(したがって私は本編をSF作品と分類しておりません{笑})。


[300へのレス] 祝 「十月は疑問の国」ご開講 投稿者:Greentown 投稿日:2005/08/29(Mon) 21:03:25


◎何はともあれ開講の御祝を申し上げます。全国の十月ファンのため、「いかなる困難(言葉のアヤです)、危険(同前)も超えて」、少年ジェットのごとく邁進されますよう、祈念して止みません。

◎恥知らずにも告白いたしますが、小生、「十月」の原文(どころか訳本も)に、マトモにあたるのは今回が初めてで、クチバシを容れさせて頂くのも憚られるのですが(「誰も頼んでねぇよ」という声が・・)、刺激を頂いて、ボチボチと、カタツムリの歩みで読み始めた次第です。未だ原文のアタマから4、5ページほどしか見ておりませんが、細かい点はさておき、ひとつだけ・・・

(訳 文) P17.ll.1-2
「(この時節に、あんな○○者に仕事のあるはずがない。サーカス以外ではただでも雇わんよ。)麻薬でもあつかえば別だがね。」
(原 文)
“(―where in hell in the world can a dwarf work? Dime a dozen,)drug on the market, (outside of circuses.)"
(対照例)
「(きょうび、こびとなんぞ雇う奴がどこにいる? サーカス以外じゃ二束三文、)店晒しの売れ残りみたいなもんで、見向きもされないぜ。」
(内 容)
拙宅の2種類の辞書に拠りますと、”drug on [in] the market” = 「店(たな)ざらしもの、 滞貨」、または、「(供給過剰で)売れない商品.」とあります。少なくとも、「麻薬のバイ人」という疑念を抱く必要は無いと思われますが・・??

⇒因みに、同様に成句を使った箇所で、P.18 ll.3 に、「ごきげんらしいな、カナリヤをつかまえた猫といったところだ。」がありますが、原文は、”you look like the cat swallowed a canary”。辞書に拠りますと、『”look like the cat that ate [swallowed] the canary”=「とても満足した様子をしている(etc.)」』とのことですので、普通なら、「おい、えらくご満悦じゃないか。」か何かにするのでしょうが、理系さんが日頃指摘されるように、「翻訳というものの根幹」という観点で鑑みれば、或る意味、折衷案の良訳かも。


[300へのレス] Re: 「こびと」の問題訳 投稿者:ちゃこ 投稿日:2005/09/02(Fri) 19:19:11

あぁ 「**氏」の答えは こんなところにあったんですね〜w
おもしろそうなので ここのコメントを参考に
この 週末 再読することに決めました。
秋だし^ー^


[300へのレス] Re: 「こびと」の問題訳 投稿者:理系の男 投稿日:2005/09/02(Fri) 23:17:26

え〜っと、多分大丈夫と思いますが・・・
「**氏」は決して宇野氏ではありません。
勿論**氏の事を言っています。
いわずもがなとは思いましたが、一言(汗


[300へのレス] 追記:「万華鏡」川本三郎訳との比較 投稿者:理系の男 投稿日:2005/10/01(Sat) 13:44:34

先日古書店でサンリオ「万華鏡」を入手しました。全部が既訳作品でこれまで無視していたのですが、数編が宇野訳と比較可能ということで、購入したのです。細かいことで色々言いたいことはあるのですが、とりあえず、上記項目に絞りますと、直っているのが、
1,2,3(文句はいいたいが)、4,5,7,10、11、13、14、15,16,そして、はろさまご指摘のコルネット、Greentownさまご指摘のdime a dozen, drug on the marketもOKでした。ところが、

6、8、9、12は宇野訳を踏襲していて破綻していますorz。

さて、問題の17番、ラルフがこびとに変身した(?)部分ですが、川本訳でも思いっきり「ぞっとするほど醜いこびと」になっています。はろさまのように、この訳でも超自然現象とは読みとらない、という方もおられましょうが、骨、みずうみ、使者、と並んだ場合、やはり「因果応報」でラルフが罰をうけてこびとに変身したと読まれてしまうような訳文ではないでしょうか。あくまでも原文はugly little manですので(これでも超自然現象ととる人もいるかも知れませんが)鏡に映った歪んだ像、という印象が強いです。あぁ、私は、これは変身ホラーの傑作だと思っていたのですが・・・

 本国ではどうでしょう。URLはニューヨーク大学のデータベースですが、ラルフが変身したような解釈は全くありません。またこの書評でも
http://members.aol.com/skyedrake/bradbury.html

Just read a story like "The Dwarf," which really has no fantastic elements at all. Instead, it's a tale of human cruelty and its results.
となっています。
 本家のHPもさがしてみましたが、まるで的はずれ(と私には思える)質問がなされていて、役立たず(この人、何読んでんだ?)
http://www.raybradbury.com/ubb/Forum1/HTML/000188.html

そうそう、「こびと」はブラッドベリシアターで映像化されていますが、最後の場面はどうなっているのでしょう?どなたかご覧になった方はいらっしゃいませんかね。

とにかく、単に内容の伝達の正確さからいえば、川本訳に軍配が上がるが、訳文全体の雰囲気から言えば、(趣味の問題だけれど)私は宇野訳を採りたい。ただ、波止場に客が満ちあふれている状況はいかんともし難いのです・・・

http://endeavor.med.nyu.edu/lit-med/lit-med-db/webdocs/webdescrips/bradbury873-des-.html


[292] 華氏451 投稿者:女将 投稿日:2005/06/29(Wed) 11:18:16

私がレイブラッドベリを知ったのは、舞台です。「火星年代記」を舞台化したものを拝見しました。ちょうどそのころ、マイケル・ムーア監督の「華氏911」がカンヌで賞を取ったころでして、その舞台を一緒に観に行った友人が、「マイケルは、この間の舞台の原作者著書の『華氏451』に敬意を表して あの題名にしたんだ」と教えてくれたのが、この作品との出会いです。
未来なんだけど、そこまで遠い未来でもない。それが一層、物語の設定の恐ろしさを感じさせます。この中で出てくるクラリスや、かわっていくモンターグは、「変人」との扱いですが、彼らこそ普通の人なのですよね。科学の間違った使い方が進むと、あって当たり前の物事がどんどんゆがめられてしまうんだなあというのが悲しいです。
ラストにいたっても、問題は解決されていない。やることが山積みの状態、これから避けられない困難に向かっていこうとする瞬間、そこで物語は終わります。その終わり方に何か自分も動き出さなくてはいけないような感覚を持ちました。
映画観たことないので観たいです。


[282] 【疑問が道をやってくる 番外編5-補足】 投稿者:Greentown 投稿日:2005/06/05(Sun) 12:45:18

haroさん>
いつも有り難うございます。
<舞踏>の最新版が新本・古本で比較的高額だったため、第一版で検証しましたが、直っているところは直っているんですね。

それにつけても、本というものは恐ろしいですね。一度世に出してしまったら、今回の小生のように「旧悪(??)を暴露」されかねないのですから・・・「旧訳をお持ちの方は、無料・送料当社負担で改訳版とお取り替えします」という措置でも実施しない限り、これは防止できないですね。

>tramplingの主語が、they ではなくてthe autumn crowdではないかと思われるのですが。

おっと。実は小生、改めてこの文を読んだとき、『”trampling〜”しながら』、が、当初からの記述(つまり、述べられている二人の行動) すべてに「係る」というイメージを描き、「英語はいいなあ、こういう風に簡単に、全てに「かけ」られるんだから。日本語で再現するのは無理だよな・・」と嘆いておりましたが・・・そう仰言られてみれば・・・???

◎さて、前回ペンディングにしておりました、”They feel good, they look good, they are good.”につき、当該段落を丸ごと米国氏に送って確認していましたが、珍しく早く回答が来ましたので、取り急ぎご紹介しておきます。

Q1.”They look good.”は「見た目(外見)がよい」、あるいは「良い少年たちのように思える」と読むのか?
A1.「肉体的な外形において良く見える」の意である。こうも言えよう。何人かの「部外者」が彼らを見たとしたら、酷くもなく、悪くもなく、要するに「見かけが良い」少年たちだ、ということだ。
Q2."they are good"は「彼らは気立て・性質がよい」と読むのか?
A2.然り。「性質が良く、善悪の概念に拠って生活し、能う限り最善の方法で自身を導こうと努力している」、というところか。
Q3.さて、"They feel good"には二つの考え方がある。ひとつには、「彼らは私に、彼らが良い少年たちであると感じさせる」または「彼らは私に好印象を与える」という読み方で、換言すれば、「この布は手触りが柔らかだ」と同じ用法である。
A3.いや、それは私が読む限りでは、正しいとは言えないな。
Q4.一方で、こういう考え方もある。『”they feel good”と言った場合、”good”と感じるのはあくまでも彼ら自身である。彼らが”fell good”であることをどうやって他人が知るか、などは別として、「彼らは気分良く感じている」の意であって、「彼らは私に好印象を与える」などという意味ではない。』
A4.そう、彼ら自身の中でだ。・・・内面的な話だ。「彼らは気分良く感じている」の意であって、「彼らは私に好印象を与える」という意味ではない。ただ、この段落を読むに際しては、第三者として少年たちを見て、この少年たちはどのような者たちだろうかと、(勿論観念的にだが)第三者としての心の中で意見を抱くことになる。そうであるなら、「彼らは私に好印象を与える」、そして「彼らを見る限り、良い少年たちだと思う」という解釈はできる。巨匠がここで使っている”feel”は、他の作家たちの使い方とは少々異なっている。(以下略)

さて、少なくとも明確に分かったのは、
@”They feel good.”に「この布は手触りが柔らかい」と同様の読み方を求めるのは不可能。
A従って、「彼らは気分が良い」という文字通りの読み方が相応しい。
ということでしょうか。

○ただ、(少なくとも日本語では?)あの段落の中で「彼らは気分が良い」と書くと、視点(主体)がいきなり切り替わって、あまりに唐突です(基本的には原文に起因するようですが・・)。例えば、『私が彼女を見かけたのは昨日のことだった。「彼女は気分が良かった。」スタイルも良いし、気立ても良さそう。私はその時〜』みたいな珍妙な感覚が襲ってきます。
○というわけで、結局は小生が「追記」の中で書かせていただいた考え方にしようかと思っています。
<例>
「〜彼らは浮き浮きと楽しそうで、見かけも良いし、善良なのに」etc.

以上、追加ご報告でした。


[282へのレス] Re: 【疑問が道をやってくる 番外編5-補足】 投稿者:haro 投稿日:2005/06/11(Sat) 21:58:46

【第16章】

>実は小生、改めてこの文を読んだとき、『”trampling〜”しながら』、が、当初からの記述(つまり、述べられている二人の行動) すべてに「係る」というイメージを描き、「英語はいいなあ、こういう風に簡単に、全てに「かけ」られるんだから。日本語で再現するのは無理だよな・・」と嘆いておりましたが・・・

Through noon and after noon, they had screamed up half the rides, knocked over dirty milk-bottles, smashed kewpie-doll winning plates, smelling, listening, looking their way through the autumn crowd<,> trampling the leafy sawdust.

とカンマが入ると「ふたり」を主語にするのに納得感があるんですけどねぇ。
autumn crowd が枯葉を踏みしだきながら歩く、その間をふたりが駆け抜けていく、と解しましたが、浅学ゆえあてになりません。


[282へのレス] Re: 【疑問が道をやってくる 番外編5-補足】 投稿者:Greentown 投稿日:2005/06/12(Sun) 08:45:21

いつも有り難うございます。
ご指摘の通りですね。改めて読み返すと、この文の書き方からして、確かにカンマが必要な気がします。autumn crowdに「かけ」た方が日本語にしやすいことでもあり、それで行きましょう!(って、二人で相談して決めることなのか??)


[278] 【疑問が道をやってくる 番外編5】 投稿者:Greentown 投稿日:2005/05/31(Tue) 18:51:22


◎落書きボードでharoさんから「死の舞踏」(スティーヴン・キング著)をお勧めいただき、同書で引用されている部分を確認してみました。haroさんの仰言るとおり、基本的には訳本を踏襲しているようですが、それでも興味深い相異点もありますね。結局、またもやご教示を賜らなくては、と、ご投稿に至った次第です。
◎なお、文中で用いた「死の舞踏」は、福武書店93年12月15日第一版で、文中では<舞踏>と表記しておりますが、この版はその後、「全面改訳」されて文庫版になっているようです。下記に引いた内容は、あくまでも上記第一版のものですので、お含みの上、ご覧頂ければ幸いです。また、<訳本>は、例によって創元推理文庫版です。

【第3章】
<原 文>
And Will? Why he's the last peach, high on the summer tree. Some boys walk by and you cry, seeing them. They feel good, they look good, they are good. Oh, they're not above peeing off a bridge, or stealing an occasional dime-store pencil sharpener; it's not that. It's just, you know, seeing them pass, that's how they'll be all their life; they'll get hit, hurt, cut, bruised, and always wonder why, why does it happen? how can it happen to them? (筆者注:原典では最後の”them”はイタリックです。)
<訳本・・・P27末〜>
「そしてウィルは? むろんあいつは、夏のスモモの木の高い枝にただ一つだけ残っている最後の実だ。子供たちのそばを通りすぎるとき、彼は彼らを見て泣くことがあった。彼らは、ほがらかで、見るからに元気そうだし、気立てのいい子らしい。いや、彼らが橋の上から小便をしたり、あるいは十セント・ストアで鉛筆削りを盗もうとしたからではない。通りすがりに彼らを見ると、彼らの行末が案じられるからだ。多分彼らは、打たれ、切られ、傷つき、あるいは怪我をしながら、いつも、なぜこんなことになったのだろうと、いぶかりつづけるにちがいない。」
<「舞踏」・・・P496>
「ではウィルは? そう、ウィルは、夏のスモモの高い木に残る最後の実。少年たちがそばを通りすぎるとき、その姿を目にして泣けてくることがある。あの子たちは善を感じ取り、善を見つける。あの子たちは善そのものなのだ。もちろん橋から川に向かって立ち小便をすることもあれば雑貨屋から鉛筆削りを盗むこともある。だが、そんなことはどうでもいい。彼らが通り過ぎるのを見る、それだけで、この先この子たちはどうなるのだろうかと案じられてならないのだ。彼らもいつかは打たれ、傷つき、切りつけられ、殴られることになる。そしていつも、どうしてこんなことになるのだろうと、いぶかりつづけるにちがいない。」
<内 容>
○問題は、”They feel good, they look good, they are good.”をどういう意味で読むか・・・だと思われます。でも、まずは・・・
○当然ですが、この文の骨格は、「彼らを見ると泣けるのだ」⇒「(なぜなら、)行く末が見えるから」というものです。その合間に、「気立てがよい(善を感じ取る)」と「川から○○」が挿入されています。「読み手を意識した訳し方」という意味では、「道を逸れずに結論に辿り着くよう、挿入部分を処理する」のが望ましいといえるでしょうか。その意味では、<舞踏>の方が、道を逸れないように(原文をいじりつつ)言葉を補いながら進めてありますから、望ましいと思われます。
○さて、そこで、”They feel good, they look good, they are good.”ですが・・・
<舞踏>を見てハタと考えてしまいました。下記<対照例>でもご覧頂けますが、小生も基本的には<訳本>と同様の読み方を(暫定的に)していましたが、当初から悩んでいたのが、”feel”です。釈迦に説法といいますか、己の無知をさらけ出すといいますか、確かに「僕は気分が悪い」、「この布は手触りが滑らかだ」のように、主語が「話者自身」や「物」なら、”feel”を”look”と同じように頻繁に使いますが、果たして”They feel good.”を、「彼らは良い感触だ(〜印象を僕に与える)」というように使えるのか? 「中学生からやり直せ」と各位に怒られそうですが・・・。一方、「あの子たちは善を感じ取り」(<舞踏>)・・・確かにこの読み方も、しようと思えばできます。ただ、これで納得するか・・、ましてや「善を感じ取り、善を見つける。あの子たちは善そのものなのだ。」と来られると、「いやぁ、それは違うでしょう・・・」と言いたくなりまして・・恥ずかしながら米国人に確認中です。皆様もぜひご教示を。
<対照例>
「そして、ウィルは? あの子は、夏の樹木の高みに残された、最後の桃の実だ。少年(こども)が何人か傍を歩いていくと、彼らを見て、泣けてくることがある。彼らは気立ても良く、見かけも、中身も善良なのに―いや、彼らが橋から小便をしそうだとか、ときおり店を出す安雑貨商から、鉛筆削りをかすめ盗りそうだ、とか、そんなことを言っているのではない。つまり、彼らが傍を通り過ぎると、どうしても、彼らがこれからの人生でどんな目に遭うか、考えてしまうのだ―彼らは、叩かれ、傷つけられ、切り刻まれ、打ち据えられるだろうし、その挙げ句、なぜだ、なぜこんなことが起こるんだ、どういう訳で、よりによって、ぼくらの身に降りかかるのだ、と、いつも訝っていることだろう。」

【第12章】
<原 文>
The wails of a lifetime were gathered in it from other nights in other slumbering years; the howl of moon-dreamed dogs, the seep of river-cold winds through January porch screens which stopped the blood, a thousand fire sirens weeping, or worse! the outgone shreds of breath, the protests of a billion people dead or dying, not wanting to be dead,
their groans, their sighs, burst over the earth!
<訳本・・P64末>
「夜ごとの夢の中から生涯の悲嘆をかき集めたような、はげしい慟哭の声だった。月に夢見る犬の遠吠えと、一月の玄関のドアの隙間吹き込む冷たい川風の血を凍らすような唸り声と、火災を告げる何百というサイレンの悲鳴と、そして、更にもっとひどいことに、死が迫り息も絶え絶えになりながら死を逃れようと必死にあがいている何万人もの人間の悲痛な訴え、うめき、溜息が、すべていっしょになって爆発したような音なのだ。」
<「舞踏」・・P497>
「夜ごとのまどろみの中から集めた生涯の慟哭が籠っていた。月の夢を見る犬の遠吠え、一月の網戸を吹き抜ける川風の血を凍らせる風の眠り、火事を告げる1000のサイレンの悲鳴、そして更には、死にゆく人の最期の吐息、死んで、死にかけて、それでも死にたくないとあがく十億の人間たちの訴え、うめき、溜息・・・そのすべてが爆発し、地を覆いつくしたような、そんな音だった。」
<内 容>
○基本的に<舞踏>は<訳本>を踏襲されているようですね。まずは”from other nights in other slumbering years”ですが、「こういう部分では遊ばせて貰おう」というのが小生の勝手なスタンスなものですから、下記<対照例>にしております。「笑って許して」というところでしょうか・・・。「夜ごとの夢(まどろみ)」と言われると、どうしても主人公が見ている夢とか、どこかの他人が見ている夢とか、イメージが限定されてしまうような気がして、好みに合いませんでした。
○さて、”river-cold winds”です。ご両者の読み(「川風」)ですと、”cold wind across the river”等になると思いますが、小生としては「川の(水の?)ように冷たい風」と読んでおりましたが?? ・・・どうなんでしょう?? 
なお、<舞踏>における、「(風の)『眠り』」は出自不明ですが、恐らく ”seep” ⇔ ”sleep”の見間違いでは??
○最後に”burst”です。確かに「破裂・爆発」して一向に構わないのですが、「吐息が爆発する」というのが好みに合わず、「一気に、どっと溢れる」のような意味の方で使いたいと愚考しておりましたが・・・??
<対照例>
「どこか異世界を流れる、夢うつつの歳月の、あの夜、この夜から掻き集めてきた、人の一生涯分の慟哭が、あの汽笛には込められていて、それは、月に狂った夢を見る野犬の遠吠えであり、一月にポーチの網戸から染(し)み込んでくる、血も凍らせんばかりの、川の水のように冷たい風であり、火災を告げる一千ものサイレンであり、そして、更にひどいことには! 十億もの、死んでいった者たちや、死にゆく者たちが吐き出した息の切れ端、死にたくないという抗議、うめき声、溜息が、地表いっぱいに溢れかえったような音だったのだ!」

【第32章】
<原 文>
(前半省略)
The little girl wept, feeling them near, but not looking up yet.
“. . .me. . .me. . .help me. . .nobody'll help me. . .me....me. . .I don't like this. . .”
Then when she had strength enough and was quieter she turned her face, her eyes almost swollen shut with weeping. She was shocked to see anyone near, then surprised.
<訳本・・P189末尾〜>
(前半省略)
 小女は彼らがそばにいるのに気づいて、一層はげしく泣きじゃくったが、まだ顔をあげなかった。
 「助けて・・・助けてちょうだい・・・だれも助けてくれないのよ・・・こんなことになっちゃって、あたし、ほんとにどうしたらいいの・・・」
 それから彼女は、やや気力を取りもどしたようにして泣きやみ、そっと顔をあげた。目が涙でほとんどふさがれていた。彼女は彼らの姿をしげしげと見つめてから、急に、がっくりして声をあげた。
<「舞踏」P499>
(前半省略)
 ふたりに気づいた小女がいっそう激しく泣きじゃくったが、顔はまだ両手に埋めたままだ。
 「・・・けて・・・助けて・・・だれも助けてくれないの・・・私・・・私・・・こんなのいやなのに・・・誰か私を助けて・・・あの人を助けてあげて・・・誰も助けてあげないなんて・・・誰も助けてあげなかったなんて・・・ひどい・・・ひどい・・・」(以下掲載なし)
<内 容>
○まず<舞踏>ですが、Foley先生の台詞の後半(「誰か私を助けて」以降)は、この箇所ではなく、原典で20行ほど先に出てくる台詞ですね。キングの原典で混同し、合体させてしまったのでしょうか。
○以前ご指摘済みの「一層はげしく泣きじゃくる」ですが、<舞踏>の方も踏襲されていますね・・
○最後に、<訳本>のみに掲載の部分ですが、「目が涙でほとんどふさがれていた。」とあります。分かるような分からないような表現ですが・・また、「急にがっくりして声をあげた」というのも・・・?? 
⇒原典ですが、”feeling them near”と書いてある一方で、”She was shocked to see “anyone” near”(anyone のquotation markは筆者)とあります。要は、「人がいるのは感じていたが、顔を上げてみて、(誰だかは知らないが)実際に人の姿を目にしてショックを受け、ついで、(それがJimとWillであることが分かり、)驚いた」という図式なのでしょう。であるなら、「彼女は彼らの姿をしげしげと見つめてから、急に、がっくりして声をあげた。」というのは、あまり相応しくないかと・・・?
<対照例>
「そして、いくらか気力を取り戻したように泣き止むと、彼女は顔を上げたが、泣き続けたせいで、眼が腫れ上がっていた。傍らに人の姿を認めて愕然とし、ついで、驚きを露わにした。」

【第7章】
<原 典>
'It s not true, anyway,' Will gasped. Carnivals don't come this late in the year. Silly darn-sounding thing. Who'd go to it?
'Me.' Jim stood quiet in the dark.
Me, thought Will, seeing the guillotine flash, the Egyptian mirrors unfold accordions of light, and the sulphur-skinned devil-man sipping lava, like gunpowder tea.

<訳本・・・P44末尾〜>
「やれやれ。だけど、あれは嘘っぱちだよ、きっと。」ウィルが息をはずませながらいった。
「いまごろカー二バル団がくるはずないもの。変だよ。だれが見に行くもんか」
「ぼくは行くよ」ジムは、暗がりのなかに立ったったまま、動かなかった。
ウイルは、ギロチンがさっと人間の首をはねる場面や、光のアコーディオンのようなエジプトの鏡や、硫黄色の肌をした怪人が火薬のお茶でものむように溶岩をのむ光景を見ている自分を想像してみた。
<「舞踏」P503>
「だけど、あれ嘘だよ、きっと。」ウィルは大きく息をついた。「カー二バルがいまごろくるわけないもの。おかしいよ。だいいち、だれもあんなもの行きやしないさ」
「ぼくは行くよ」ジムは暗がりにたたずんだまま、動かなかった。
ぼくは行くよ・・・か。ウイルはきらめくギロチンの刃や、光のアコーディオンみたいなエジプトの鏡や、火薬のお茶でもすするように溶岩を飲む硫黄色の肌の悪魔人間の姿を想像してみた。
<内 容>
○確信はありません。が、”Me, thought Will,” は、<訳本>における無視、<舞踏>における「Jimの台詞の反復」という解釈に拘わらず、「僕も行っちゃうな、きっと」の意だと思っているのですが・・・?? どうでしょう??
<対照例>
「どっちにしろ、嘘っぱちさ。」ウィルが喘(あえ)いだ。「こんな遅い時期に、見世物が掛かるはずがないよ。まったく馬鹿げてる。誰がそんなものに行くっていうのさ?」
 「僕だよ。」ジムは静かに闇の中に立っていた。
  僕だな―ウィルは、ギロチンの刃のきらめきや、広げた蛇腹(じゃばら)みたいに光を放つ、エジプトの鏡の迷路や、火薬入りの紅茶みたいに溶岩を啜(すす)る、硫黄の肌をした悪魔男を脳裏に描きながら、心の中で言った。

【第16章】
<原 文>
Through noon and after noon, they had screamed up half the rides, knocked over dirty milk-bottles, smashed kewpie-doll winning plates, smelling, listening, looking their way through the autumn crowd trampling the leafy sawdust.
<訳文・・・P84中頃>
「午前中も午後も、彼らは、さまざまな乗物に乗って喚声をあげたり、売店のうすぎたない牛乳瓶を盗んだり、射的に熱中したり、おがくずを蹴散らしながら観客の間を駆けまわったりして過ごした。」
<「舞踏」P504>
「朝はやくから午後おそくまで、ふたりはありとあらゆる乗り物に乗っては喚声をあげ、うすよごれた牛乳瓶の群れをけたおし、射的でキューピー人形を射止め、匂いをかぎ、聞き耳をたて、おがくずをけちらしながら人込みの中を駆け回って過ごした。」
<内 容>
○悩むのも疲れますが、まずは、”Through noon and after noon”・・”afternoon”とは書いていないので、言い換えれば、”through and after ⇒ noon”なのかと思って読んでおりました。さて、それでは?? ”noon”は「正午十二時ぴったり」ですから、”through”と言われても・・・
確か、前の章で、二人は朝早く(「レタスを丸かじりしながら」!)カーニバルに出掛け、Foley先生と会い、迷路に迷った先生を助けるだのなんだの、一応、あれこれやってますね。
それに何時間かかったか分かりませんが、そうであるなら、「午前中も午後も」(<訳本>)、「朝はやくから午後おそくまで」(<舞踏>)、のいずれも、正確ではないことになります。
―少なくとも・・・??
○次は牛乳瓶。以前ご指摘した箇所ではありますが、「ボウリング」の確信は未だにありません(盗んでいない、とは信じていますが・・)。ただ、「そこらに置いてある牛乳瓶を蹴倒す」というのは、単なる悪ガキのイタズラであって、この部分に記載されることに、何の意味もないように(小生には)思えます。<舞踏>の中でキングが「この二人は日がな一日カーニバルで遊ぶためのおこづかいをいったいどこから手に入れたのだろう。(中略)ジムとウィルときたら、あらゆることをやったように見えるではないか」と書いていますが、仮に、原典に記載されていることがすべて、「代価を支払って遊ぶもの」だとしたら、「牛乳瓶蹴倒し遊び―1回1セント」とか、そういうものがあったのでしょうか?? 因みに皆様お分かりのように、原文は”knock over”ですから、別段、「足」で「蹴倒」さなくても良いワケで・・
○ついでに<舞踏>の「ありとあらゆる」乗り物、は無理では??
<対照例>
「真昼頃から、午後にかけて、二人はいろいろな乗り物に乗って喚声をあげ、ボウリングで汚いミルク瓶をなぎ倒し、射的で「キューピー人形」の当たり札をふっ飛ばし、あれこれの匂いを嗅ぎ、あれこれに聞き耳をたて、葉っぱみたいな鋸屑(のこくず)を踏みしだきながら、秋に集う観衆の中を歩いていった。」

【第36章】
<原 文>
He was also gazing with surprise at himself, accepting the surprise, the new purpose, which was half despair, half serenity, now that the incredible deed was done. Let no one ask why he had given his true name; even he could not assay and give its real weight.
35
<訳文・・・P219中頃>
「同時にまた、信じられないようなことをやってのけた自分自身を、驚きの目で見つめ、半ば絶望的に、半ば平然と、その驚異と新たな意図を受け容れた。なぜ自分の本当の名前を告げたかを、誰にもいうまい―たとえ、自分自身がその真の重みを分析し、計量することができないとしても・・・。」
<「舞踏」・・・P508>
「・・・私は今信じられないようなことをやってのけたのだ。[ハロウェイは]そんな自分を驚きの目で見つめた。この驚きと、新たな決意を、受け入れなくてはなるまい。それはたまらなく不安でもあり、同時に、何がなしふっきれたようでもあった。なぜ本当の名前を明かしたか、誰にもいうまい。たとえ、その価値と重さが自分には決められないとしても・・・。」
<内 容>
○「舞踏」は、これまた「訳本」をなぞっておられるようで、基本的には同文ですが、”half despair, half serenity”の訳を工夫されているようですね。少なくとも「原文ではそんなことは言ってない」とは言えませんが・・・。
○それはさておき、「訳文」、「舞踏」とも疑問の点は、最後の部分。ご両者とも”even if/though”の「節」として読んでおられるようですが、これ、単純な”even”=「〜でさえ」では??
というのは、日本語で考えても判りますが、
「誰にも言わない(原意直訳は「誰にも訊かせるな」)」⇒「たとえ自分でも決められないとしても」
というつながり、意味不明ではありませんか??
こう置き換えてみます。
「誰にも言わないよ」⇒「たとえ知っていてもね」
なら分かりますが、
「誰にも言わないよ」⇒「たとえ知らなくてもね」
と言っているのと同じですよね。つまり、「知ってるフリをしているが、実は知らない。でも、知ったかぶりをして、みんなに気を揉ませてやろう」というワケですか??
<対照例>
「彼はまた、自分自身を、驚きの念をもって見つめており、その驚愕と、新しい決意とを受け入れていたが、常の自分からは想像も出来ないことをやってのけたいま、心を占めるのは、半ば絶望であり、半ば静謐であった。なぜ本名を告げたか、などと、彼に訊ねてはならない―彼自身でさえ、その真の重みを計りかねているのだ(から)。」

というわけで、番外編でございました。実は先にご投稿した「本編」以来、原典も自家版も見直す元気がなく、今回の件で、見直し始めましたが、まだ頭が”Something Wicked”になっていません(言葉足らずですね。「あの世界に入り切れていない」の意でございます・・)。
よって、何やら浮ついた感じで検証しましたので、いつにもまして、小生の誤読が目立つかも知れませんが、その点はご容赦のうえ、宜しくご教示ください。


[278へのレス] すみません。追記です。 投稿者:Greentown 投稿日:2005/06/04(Sat) 10:03:20

※そういえば暫く離れていたので、「仏・独版を確認する」という発想が、頭から完全に抜けていました。早速見てみましたのでご参考までに追記させていただきます・・・

【第3章】
“They feel good, they look good, they are good.”
<仏語版>
「彼らは気分が良い(※1)。彼らは見た目に気持ちがよい。彼らは良い性質だ。」
<独語版>
「彼らは良好だ(※2)。彼らは見た目が良い。彼らは【素直/純情/行儀がよい】。」
※1
英訳するなら、”They feel well.”でしょうか。ご承知の、「天に向かって唾する」、「再帰代動詞」が使ってあり、普通に読めば、「彼らは気分が良い」「〜気分良く感じている」の意のようです。一方、自動詞・他動詞ともに再帰用法があるため、「彼らは〜と感じられる、認められる」と読めなくもなさそうですが・・
※2
いわば、”They are getting along well.”の意のようです。

⇒というわけで、仏語版に別読みの可能性はあるものの、両国とも、「最初の文と、それ以後の二つでは、主語が異なる」みたいな解釈をしているようです。つまり、
@”They feel good.”⇒良いと感じているのは彼ら自身(筆者注:どうやって分かるの??)。
A”they look good, they are good.”⇒「見た目が良くて」、「性質がよい」(筆者注:これは外見と経験で判断できますね。)
非常に込み入った考え方になりますが・・・
(1)相手が気分良く感じているかどうか、他者が真に判断するのは不可能。(ただし、或る意味「神の視点」をもつ作家であれば、可能。)
(2)そういう前提に立てば、”They feel good.”は、「(他者である私の目には)そのように見える」と考えることしかできない。
(3)というわけで、可能性としては、次の二つでしょうか・・・??
 @英語の”They feel good.”が、「彼らは好い感触を他者に与える」=「(私は)彼らから好い感触を得る」という読み方ができる。
 Aそういう読み方はできないが、上記(1)(2)から、結果論として、「(他者である私の目には)彼らが気分良さそうに思える」と読む。

【第7章】
<原 典>
“Me, thought Will”
<仏語版>
「そして僕もだ」
<独語版>
「僕もだ」
※仏・独ともに”also”の意の単語が添えられています。

【第16章】
<原 文>
“Through noon and after noon / knocked over dirty milk-bottles,”
<仏語版>
「午後じゅう、午後いっぱい/ほこりだらけの牛乳瓶をひっくり返し」
<独語版>
「午前と午後に/汚い牛乳瓶を倒し」
※特に参考になるものではありませんでしたが、仏語版が「午後いっぱい」であるのに対して、独語版はいわば”In the morning and afternoon”と書いてあります。要は15章のエピソードを完了するのに、どのくらい時間が掛かったか、という考え方の相異なのでしょうか。


なお、前ご投稿で「第36章」としたのは、「35章」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。


[278へのレス] Re: 【疑問が道をやってくる 番外編5】 投稿者:haro 投稿日:2005/06/04(Sat) 12:22:53

>文中で用いた「死の舞踏」は、福武書店93年12月15日第一版で、文中では<舞踏>と表記しておりますが、この版はその後、「全面改訳」されて文庫版になっているようです。

ご指摘の通りで、この後のバジリコ株式会社04年5月10日初版第一刷で改訳されておりますので、<舞踏―改>とでもしましょうか。

【第3章】
こちらは米国のご友人に確認されているとのことですので、お任せしたいと存じます。
参考まで大きく変更された文章だけを引用しておきます。

<舞踏―改>
… 彼らが通り過ぎるのを見て、これからもこの子たちはずっとこうなのだろうと思う。彼らは打たれ、傷つき、切りつけられ、殴られ、そしていつも首をかしげるのだ、どうして、なぜこんなことになるのだろう、と。

【第12章】
>”river-cold winds”です。ご両者の読み(「川風」)ですと、”cold wind across the river”等になると思いますが、小生としては「川の(水の?)ように冷たい風」と読んでおりましたが?? 

ご指摘の通りだと思います。
キングの引用箇所はラヴクラフト調で、迫力ありますね。

【第32章】
ここも<舞踏―改>を掲載しておきます。

ふたりに気づいた小女がいっそう激しく泣きじゃくったが、顔を上げようとはしなかった。
 「・・・けて・・・助けて・・・だれも助けてくれないの・・・私・・・私・・・こんなのいやよ・・・だれか私を助けて・・・彼女を助けてよ」まるで死者を悼むかのように少女はいった。 …

【第7章】
>が、”Me, thought Will,” は、<訳本>における無視、<舞踏>における「Jimの台詞の反復」という解釈に拘わらず、「僕も行っちゃうな、きっと」の意だと思っているのですが・・・?? どうでしょう??

この箇所は訳者自身が「誤訳」に気付いて訂正していますので、<舞踏―改>から引用。

…「カー二バルが今ごろ来るわけないもの。ぜったい変だよ。だいいちさ、だれもあんなもの行かないって」
「ぼくは行くよ」ジムは暗がりにたたずんだまま、動かなかった。
ぼくもだ。ウィルはきらめく…

【第16章】
Through noon and after noon, they had screamed up half the rides, knocked over dirty milk-bottles, smashed kewpie-doll winning plates, smelling, listening, looking their way through the autumn crowd trampling the leafy sawdust.

tramplingの主語が、they ではなくてthe autumn crowdではないかと思われるのですが。
<試訳>
二人は…のこぎり屑のようになった落ち葉を踏みしめる秋の群集の間を駆け抜けていった。

>以前ご指摘した箇所ではありますが、「ボウリング」の確信は未だにありません(盗んでいない、とは信じていますが・・)。

ボウリングはいい推理だなと前回も思いました。
すぐ後に出てくるキングの解説文に「牛乳瓶のピラミッドを蹴倒す」(<舞踏―改>p632 l14)とあるのを見て、(原文にあたってないのでなんとも正確さに欠けますが)キングは、牛乳瓶をピラミッド状に積み上げている状態を想定しているように思われるんで、ボウリングの確信をますます強めました。
「ボウリングで汚いミルク瓶のピラミッドをなぎ倒し」にすると、情景がありありと目に浮かんできます(作者の意図とあっているかは別にして)。

【第35章】
<舞踏―改>
…[ハロウェイは]自分を驚きの目で見つめ、その驚きを、新たな決意を、なかば絶望して、なかばおだやかに受け入れた。今、自分はとてつもないことをやってのけたのだ。なぜ本当の名前を明かしたか、だれにもいうまい。たとえ、その本当の重さが自分には計れないとしても…。

改稿してももどかしい感じは変わりません。
Greentown様の<対照例>が秀逸ですね。特に「なぜ本名を告げたか、などと、彼に訊ねてはならない―彼自身でさえ、その真の重みを計りかねているのだ(から)」。しびれました。

<舞踏―改>p612 l13
[『何かが道をやってくる』]は1962年に発表され、そのとたんにSFとファンタジー双方の書評家から手厳しい評価を受けた…(キング)

ブラッドベリ作品に対する評価の変容には驚かされます。『火星年代記』『刺青の男』は常に『華氏451度』より高い評価を受けていたし、後者は、叙情性はあるがデストピア・テーマのひよわなSFといった言われ方をしてきたように思います。それがいまでは『すばらしき新世界』『1984年』と並び称される20世紀の代表的文明批評作品らしいですし。
『何かが…』も近年はダーク・ファンタジーの古典のように奉り上げられていますね…。
今後評価が上がるかも知れない意外なダーク・ホースはダブリン滞在時の逸話を集めた GREEN SHADOWS, WHITE WHALE(翻訳される気配もありませんが)あたりかなと思ったり。


[259] 「疑問が道をやってくる」【番外編4】 投稿者:Greentown 投稿日:2005/02/12(Sat) 11:49:10


○ご無沙汰いたしました。「珍しく」忙しかったもので・・「やれやれ、Greentownの奴、やっといなくなったか」と安堵の溜息を漏らされていた各位、申し訳ございません。もう少々お邪魔するかも知れませんが、ご容赦を。その間、各位からのご投稿もちらほらで・・・皆様もご転居等でご多忙の由・・久しぶりの浦島太郎ですと、いまさらご投稿するのも、なにやら非常な場違いに思えて気が引けますが・・・

○「親指」問題もharoさんの調査力のお陰をもって無事解決(251ご返信)、ご同慶の至りです。
>むしろ誰の心にも潜む邪悪に惹かれてしまう心の闇というふうに考えたのですが如何でしょう。

まさに仰せの通りだと思います。『今夜だけはうまく共存しないと、ひょっとしたら、残る人生、ずっとつきまとわれる羽目になる。』(拙訳)、「いつも自分の中にあるからこそ、敢えて触れたくはない代物」、一歩進んで言えば、「この機会にこそ、この問題について心の整理をつけないと」ということなのでしょうか。

>火星探査ロケットにちゃんと韻を踏みながら呪いをかけてくれて面目躍如というところです。

余計なお世話とは思いつつ、皆様がわざわざ書店に足を運ばなくて済むように、原文と福田・木下両氏の御訳をご紹介しておきます。

“When shall we three meet again
In thunder, lightning, or in rain?”
(福田氏)
「いつにしよう、また三人一緒になるのは、雷、稲妻、土砂降りに誘われて?」
(木下氏)
「この次三人、いつまた会おうか?
かみなり、稲妻、雨の中でか?」

※意味・リズムとも小生の好みとしては木下氏に軍配が・・??

“Round about the cauldron go:
In the pois’ned entrails throw....”
“Double, double toil and trouble:
Fire burn and cauldron bubble.”
(福田氏)
「釜のまわりをぐるぐる廻り、腐ったはらわた放りこめ。」
「この世の憂さも辛さも倍ましだぞ、それ、焔はごうごう、釜はぐらぐら。」
(木下氏)
「釜の周りを、ぐるぐる回ろう、
毒を入れた臓物、投げ込もう。」
「倍のまた倍、苦しみもがけ、
燃えたて大釜、煮えたぎれ。」

※やっぱり(小生なら)木下氏ですか・・??

【第一章】

>因みに、翻訳時点(1964年)頃、 jeans が日本の洋品店で売られ始めたと聞いた記憶があります。多分「Gパン」といった名称だったと思いますが。

うーむ、懐かしい! この言葉を聞くのは何十年ぶりでしょうか!? 思わず落涙しかけました・・

【第十五章】(ご参考)
>p81l1
>彼らは首すじを粟立たせ、短い髪の毛をちらばらせたまま、茫然と立ちつづけた。
They stood entranced with the delicious cold bumps on their necks and the suddenly stiffened small hairs quilled up over their scalps.
>昔の大工さんか、噺家みたいなので。

<自家版拙訳・・相変わらずクドイです。済みません。>
「二人は、首筋に生じた、蠱惑的で冷たい鳥肌のぶつぶつと、いきなり硬く縮んで逆立った、頭皮を覆う髪の感触に、恍惚として立っていた。」

○ご指摘の通り、「短い髪の毛をちらばらせたまま」は論外かと・・第一、意味が分かりません。古今亭志ん生師か、五代目柳家小さん師か・・・
○また、「首すじを粟立たせ、短い髪の毛をちらばらせたまま(茫然と立ちつづけた。)」とありますが、皆様お分かりの通り、そのこと自体が問題なのではなくて、「その状態に”entrance”されている」ことが文意なので、これも或る意味、不適当な訳かと・・
@ここは二人が、かねて本で読み知っていた、いわば「身の毛もよだつ」状態を実体験して、状況も忘れ、或る意味「おもしろがって(??)」いる場面と考えておりましたので、小生としては、「茫然と」は不似合いかと思います。” entrance”は、拙宅の安辞書を引いても「うっとりさせる、魅惑する」のようですから、素直に解釈いたしました。
A”delicious cold bumps” ― とにかく「美味で冷たい鳥肌」だと(小生は)「蒸し鶏の冷製」を想像して老酒が欲しくなってしまうので、「美味」以外の訳語なら何でもOKということで辞書を引きまくった結果、「美しい、優雅な」、「喜ばしい、快い」、「五感の好みに合い、とても心地よい」とのこと。結局は意訳してしまいました。また、「鳥肌」だけだと何となく物足りなくて、「馬から落ちて落馬」しております。
B”quill”といえば「羽ペン」だと思っていましたので、直感的に、逆立ったツンツン頭を想像して一旦は満足しましたが、これではいかんと反省し、あらためて辞書を引きますと、「(繊維)レースに円筒状のひだをつける」とか「鳥の羽を抜く」とか・・・結局「折衷案」というか、「ごった煮」で済ませてしまいました・・


【第三十五章】 (ご参考)
>“She touched the wings of flies, the souls of invis